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妻が妹の夫と浮気をしたので妹と復讐を計画してみた④

いよいよ準備は整った。

音声、動画、写真、とにかくあらゆる証拠が揃っている。妹とも計画の最後を確認し、取引先との酒の席でよく使う居酒屋には事情を話し、個室を2つ用意してもらった。そして妻には

「君は今も浮気を疑ってるんだろうし、いくら自分が言っても信じてもらえないのはわかってる。ただ、最後にもう一度だけ、幸せな食事会がしたいんだ。離婚前にうちの妹も、是非一度お義姉さんと会って話したい。その上で兄、要は自分との関係が無理だと判断されたなら、仕方ない、諦めると言ってるんだけど、どうかな」

この提案に、妻はついに来たという喜びを、本人なりに精一杯隠しながら、あくまでもツンとした態度で、仕方がないから付き合ってあげる、ということになった。日程は決まり、あとの準備は妹がすべてやってくれた。自分も手伝いたいところだったが、この前の義弟との飲み会で、貯金を半分ほど使われていたことはさすがにショックを受けていて、情けない話だがその気持を落ち着かせるのに精一杯、という具合だった。

約束をしてから数日は、ある意味ニヤニヤを抑え込むのに必死だった。仕事には身が入るものの、もはや離婚するのは既定路線になっているはずなのに、そんな妻から少し心配されるほど、ニヤニヤを抑えたせいが逆にしかめ面になっていたらしく、体調が悪いように見えたらしかった。だが、残念ながら体調はむしろ今までよりずっといい。いよいよすべてを総決算で締めくくることができるからだ。

そして迎えた当日、居酒屋の個室では久々に妹と妻が対面していた。うちの妻もまた、離婚することが決まった半分以上確信しているのだろう。妹が普通にうちの兄に何か問題があったなら謝る。兄は浮気なんてしていない、という言葉に対して、怒気を含みながらも冷たく突き放し、まるで相手にしようとしない。

妹には、今回の仕上げは自分に任せて欲しいと言われ、サプライズのようにできれば打ち合わせ無しで楽しんで欲しい。ただ、ことが始まったら証拠品などの提出だけは頼むと言われている。ちびちびとぬるくなったビールを飲みながら、まだだろうかと見ていると、不意に個室のドアが開いた。

「こんばんは、なんか呼ばれて来たんですけど」

なんと、現れたのは義弟だ。そして、その視線の先にいるのは自分、そして妻。義弟は何かを察したようで、死にかけの魚のように口をパクパクさせ、目をひん剥いて驚いている。

「あ、あの、えーっと……」

「来たわねゴミクズ。座れよ」

「え、ゴミクズ!?」

「ゴミクズにゴミクズって言って何が悪いの?」

「…………」

「お義姉さん、顔色が悪いですね。どうかされましたか?」

「あ、いえ、その……」

二人共、まるで空腹の蛇の前に放り込まれたカエルのようになっている。お互いに、予想外の展開に何が起きているのか頭が追いついていないのだろう。自分はというと、今までさんざん我慢してきた吐き気や不快感が全部吹き飛ぶ、ちょっとした躁状態だ。

「あの、山田さん……これはいったい……」

「私の名前は山田じゃないよ。今隣りにいる生ゴミと同じ名字だ。この意味がわかるか?」

「な、生ゴミ!?」

「なんだ、生ゴミじゃ気に入らないか? それなら犬のフンでも、産業廃棄物でも、使い古しの公衆便所でも、好きな呼び方を選ばせてやるけど」

「ちょっと、ふざけてるの!? だいたい浮気しておいて、その言いぐさは」

「浮気してるのはお前だろう? この眼の前の義弟とさ」

「義弟……!?」

「うちの妹、このゴミクズと結婚するためにうちの親とケンカして、ほぼ絶縁状態になってたからな。当然お前は妹の夫がどこの誰だとか、知らなかったよな」

「…………」

ああ、笑いがこみ上げてくる。本当に顔も耳も真っ赤になって、プルプルしてやがる。生まれたての子馬、と言ったら子馬に失礼だが、まるでそんな感じのプルプルだ。小悪党、三下、調子に乗ったバカ、そういう役どころがあればハリウッドで主演女優賞、オスカー像は確実だろう。もう本当に楽しすぎて、思わず笑いが漏れてしまった。

「でもね、あなたに甲斐性が無いのがいけないのよ!? 私にかまってくれなかったし、ほとんど他の恋を知らなかった私に、この人はね、楽しい思い出をたくさんくれたのよ! あなたみたいなつまらない男と違うの!」

「それ、不倫していい理由になる?」

「違うの! そうじゃない!」

ああもう、話す内容が支離滅裂だ。デタラメでも嘘でもいいから、この場を切り抜けたいだけの、話の筋が通らない駄々っ子のわがまま。だが、かばんから証拠品を取り出すと、一気に顔色が赤から青に変わった。プルプルしていたのも、まるで人形のように固まってしまった。

「どうしたんだ? ありのままの証拠品たちを並べただけなのに。妹と折半で興信所に頼んだんだ。君と義弟のあられもない仲睦まじい姿まで、バッチリ写ってるぞ」

「お義姉さん、それだけじゃないの。あなたとうちのゴミクズがエッチしてる時、違和感無かった? これ、海外にサーバーがある成人向け動画サイト。盗撮素人ポルノのカテゴリにあるこの動画の男女、見たことあると思いませんか?」

「ちょおおおおおおおお!?」

「うるせえ! 黙ってろゴミクズ! 人の働いた金で兄さんの妻といちゃいちゃしてエッチして、その上兄さんが頑張って貯めてたはずの貯蓄まで使わせて、バイトはしてたけどそれでも音楽活動に足りねえからって、お義姉さんとのカラミを隠しカメラで撮影して売ってたんだろうが!!」

「バカ!? お前!?」

「最低えええええええええええええっっ!!!!」

風船が割れたような破裂音、美しいまでの平手打ち。いよいよ修羅場が温まってきた。

うちの生ゴミ妻が、義弟に平手打ちではなく、振りかぶったグーパンチを思い切り叩きつけた。

耐えきれずそのまま椅子ごとひっくり返る。その上、そのまま馬乗りになって、映画の格闘シーンさながらに義弟の顔を殴りつける。

「信じられない! バカ! バカ! 死んじゃえ!」

「はー、生ゴミとゴミクズの争いは醜いね。まさかうちのゴミクズを殴ったら、自分がきれいなものになれると思ってる? 確かにうちのゴミクズが海外の動画サイトにあんた達の行為をUPして小銭を稼いでたけど、うちの兄さんの貯蓄に無断で手を付けてたあんたも同じくらい最低なんだけど、その存在してるかどうかわからない頭のおみそで理解できてる? 日本語通じる? アンダースタァン?」

「ムキイイイイイイイイイイイ!!」

ああ、生ゴミ妻はもはや前後不覚に陥っている。うちの妹は元レディースで、卒業した高校では名前を知らない者はいない喧嘩屋だったのに、と、そう思った瞬間に壁に突き飛ばされていた。

「発情したサルみたいなあんたに、私が負けると思ってる? なめられたもんだね」

「畜生! 畜生おおおおおおおっっ!!!!」

「先生、これって正当防衛ですよね?」

隣の部屋からやってきたという、真面目そうなスーツ姿の紳士がぺこりと頭を下げ、それ以上の行いになると正当防衛が過剰防衛になることと、店の迷惑も考えてそこまでにするようにと冷静に言い放つ。一方の妻はというと、もはや腕力でかなわないとみて、泣きじゃくりながら子供がだだをこねるときのように、ぐるぐると腕を回し、そのまま床にへたり込んだ。

「兄さん、この店の修理代とかは全部私が立て替えるから。店長にも揉めることをあらかじめ了承してもらってるし、色を付けて払うことで合意してる。ですよね先生?」

「まあそうなんですが、暴力はやめてくださいね、暴力は。それはあなたもですよ奥さん」

「ひぐっ、ひぐうっ……だっでぇ! だっでぇ!」

「だってじゃねーんだよ。泣いて済むなら弁護士も裁判所も離婚もねーんだよ。お前がうちのゴミクズとバカなことをしなきゃ良かったのに、やったんだろうが。大人だろ、責任取れクソが!」

「私悪くない、私悪くないもん……」

「子供っぽくメソメソ泣いてりゃ許してもらえると思ってるだろが! いい歳の女が、社会人が、バカなことをしなきゃこんな泣くことも謝ることも無かった、何度言わせやがるんだこのクズが!」

いつもとは違って、ヤクザまがいの迫力で妻に詰め寄る妹。わかってはいたが、やっぱり怖い。そして、こんな妹をたらしこんだ上にヒモ生活までして、そこに不倫と浮気までしてしまう義弟の頭の悪さ加減も絶望的だ。

「あ、あのー……オレが愛してるのはお前だけだから……」

「あ?」

「ちょ、そんな怖い顔すんなよ!? エッチのときはお前、オレにひいひい言ってたじゃねえか!? なあ、また気持ちよくしてやるからさあ」

さすがに見かねて、妹が殴る寸前で間に割って入る。

「おい、うちの妹を馬鹿にしてるのか?」

「あ、お義兄さん……その、あはは……」

「自分も妹もお互いに恋人、配偶者を見る目が腐ってた。だからこうしてお前たちに散々コケにされたわけだ。その分、お前らもちゃんと落とし前はつけてもらうからな?」

「落とし前って……」

「慰謝料に決まってるだろ。残念ながら、この世界でこういう揉め事は金で万事解決するんだ。そのために弁護士の先生にもこうして立ち会ってもらってるんだろう?」

「あー、オレ居酒屋のバイトなんで、あんまり払えませんけど……」

「長期分割払いは慰謝料でよくあるケースです。ただ、それ以前に高価な楽器などを多数購入されているとのこと。すでに財産目録も妹様からいただいています。奥様の方は無断でこちらを出勤して使っていたとのことで、銀行の記録にも残っております。そちらについては追々また」

「そんな、無理! 私お金無い!」

「無理かどうかは関係ありませんので……」

「なあ、夢だよなこれ。オレもうわかった、だから覚めてくれよなあ。なあ!」

「テメェおい!? 何漏らしてんだよ!?」

「ひぐっ、ひぐうっ、だから夢なんだってばあ。なあそうだろ? なあ?」

「夢じゃねーよバカ!! グダグダ言ってねーで、男らしくしゃきっとしろよ!」

それからはお店の人に平謝りして、地獄の様相だった。予想はしていたが、ここまで蒔いていた種は、見事に大きな花を咲かせた。だが、ここで終わりじゃない。まだここからは自分の両親、そして義両親への報告。そして離婚の手続き、さらに慰謝料の回収までを終わらせて、初めて「終わった」と言える。弁護士の先生には今後お世話になりますと改めてご挨拶をして、やっと肩の荷が半分だけ降りた気がした。

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