酸化還元と香り/色/テイスト
前回は瓶熟に関する基本と、瓶熟に関する酸素とコルクの関係を見てきた。
ここからはその酸素の量によって規定される酸化還元状態とワインの関係性を見ていきたいと思う。
酸化還元状態と香り/色/テイスト
酸化による色の変化というのは以前の酸化の話でしたように思う。
化学酸化と酵素酸化によってカテコールがキノンになって、それが重合することで褐色化するといった話だ。
ここではもう少し深くアルデヒドに触れようと思う。
というのもアルデヒド類はアントシアニンやフラボノールの重合を促進する物質でもあるからだ。
つまりアルデヒドはそれ自体の香り、フェノール類の重合を促進することによる色とテイストへの影響という点ですべてに関わり持つ化合物なのである。
そのためまずは酸化によるアルデヒドの生成を見ていく。
アルデヒド生成の3パターン
まず初めに過酸化の状態ではメチオナールやフェニルアセトアルデヒドなどアルデヒドの量が増えるということが前提として言われている。
この過酸化の状態によるアルデヒド類はどのように生成されるのだろうか。
1つめは、酸素とカテコールがキノンと過酸化水素になり、そのキノンとアミノ酸が反応してアルデヒド類になるという反応である。
以前酸化するために酸素は金属元素によって活性酸素にならなければならないということを述べた。
その過程でできるキノンが反応するのである。
しかし一方でワインの環境下ではこの反応はあまり起こらないそうで、そこまで重要でないとされている。
2つめはストレッカー分解という反応である。
一般にメチオナールはメチオニンから、フェニルアセトアルデヒドはフェニルアラニンからできるとされているが、これらのアルデヒドはジカルボニル群とのストレッカー分解によって生成されているとされている。
私もストレッカー分解など聞いたことがなかったので調べたが、どうやらα-ジカルボニル群とα-アミノ酸が脱水縮合する反応だそうだ。
その反応を経てアミノ酸はアルデヒドになる。
ちなみにこのジカルボニルは微生物の代謝によって生成されるもので、ダイアセチルやグリオキサールやメチルグリオキサールなどが含まれる。
つまりこの反応は醸造段階のジカルボニル化合物群の生成や発酵初期のYAN(Yeast Available Nitrogen)量などに依存すると考えられ、実際にワイン中のアミノ酸量と熟成後のストレッカーアルデヒド生成量の間には正の相関があると示されている。
3つ目は酸化である。
アルコールや高級アルコールであるフェニルエタノール、メチルブタノール、メチオノールなどの酸化(H₂O₂による) からアルデヒドが生成される。
これら高級アルコールも微生物代謝の産物なので発酵過程によって量が決まってくる。
つまりアルデヒド類は、主にアミノ酸とジカルボニル類の脱水縮合と高級アルコールの酸化によって生成されるということであり、瓶熟では酸素と関連する後者が影響を受けると考えられる(上記1,2,3が下図A,B,Cに対応している)。
アルデヒド×色/テイスト
アルデヒドはフェノール類の重合を促進するという話をした。それをまとめた図が以下のものになる。
この図でもまだ少し煩雑だと思う方のためにそれをさらにまとめると
これはアセトアルデヒドやグリオキシル酸(これもアルデヒドの一種)が起点となってフェノールがキサンチリウムという重合された化合物になる反応である。
そしてこのキサンチリウムは黄色の色素だと言われている。
そのため酸化は白ワインにおける褐色変だけでなく、より濃い黄色味にも影響しているということになる。
そしてこちらは赤ワインに関してのフェノールの重合だ。
こちらも先の2つの化合物が起点となってM3G(マルビジン-3-グリコシドというアントシアニン)が重合する反応を示している。
M3Gはワイン中に存在する主な紫色(D520) の色素であり、これが化学反応を起こすことは単純に色素が減ることであり、また重合でできるアントシアニンとフラボノールのポリマーは褐色を示すので、褐色側の色味が強くなることに直結する。
ちなみにD520とは吸光度計によって測定される波長のことでざっくりD520は赤紫、D620が青、D420が褐色あたりの色の強さを表している。
わかりやすいのが以前のアントシアニンの稿でも用いた図で、熟成による色の変化を表している。
こういった観点から白ワインでも赤ワインでも瓶熟、酸化が色に影響することが分かったと思う。
そしてこれらのフラボノールの重合を促進するということは赤ワインであれば渋みを低減させるということにも繋がり、テイストにも変化が表れる。
これは経験則では知っている方も多いと思う。
ここまでが酸化によるアルデヒドが色とテイストに及ぼす影響である。
アルデヒド×香り
アルデヒド類の香りを持つものとして一番問題視されているのがアセトアルデヒドである。
アセトアルデヒドは度々出てきているので聞き飽きたかもしれないが、シェリー様の香りを示す化合物である。
またアセトアルデヒドはエチルアセテートの濃度とも相関関係をもち、酸化によるワインの欠陥の中心とも呼べるものだ。
このアセトアルデヒドは先の図からもわかるようにフェノール類を反応することで重合を促進する。
一方でこのアセトアルデヒドはフェノール類の重合に関わることで、濃度が低下するのである。
つまり酸化に強いワインというのは裏側にフェノール類が多く、アセトアルデヒドが発生しても重合に使われ閾値を越えないといった意味合いが含まれると考えられる。
これは一般論ともつじつまが合う。
濃い赤ワインは酸化に強いという話だ。
濃い赤ワイン、渋みの強い赤ワインというのはつまりフェノール類が多いことを意味しており、その重合がアセトアルデヒドの香りという欠陥が表れるまで時間を稼いでくれていると考えられる。
またアルデヒドができて、その次のステップの化合物が酸化特有のoff odorになる場合もある。エチルアセテートがその1つだ。
またソトロンもその1種で、アセトアルデヒドとα-ケトブチレイトが結合したもので酸化した白ワインによく現れる。
これも欠陥臭の1つとされ、接触酸素量と濃度の間に正の相関関係がみられる。
ここまでは瓶熟の話でもなく、酸化の話でもなくアルデヒドの話である。
では最後に別の酸化という観点に移ろう。
酸化とチオール
酸化のメインであるアルデヒド類については説明した。
その他に酸化に関連する化合物は何があるのだろうか。
以下の表を見てほしい。
この表は瓶熟によってどの芳香族化合物の濃度が変わるかというレビュー論文からの抜粋である(今回のトピックのメイン論文)。
この表は香りに関連する化合物に限定されているが、小さいが右から2つ目の項目に酸素によるものかということが言及されている。
ここがyesになっているものは酸化の影響によって濃度が変動しうる化合物なのである。
ここまで下側のyes群であるアルデヒド、ソトロン、高級アルコールなどを見てきた。
これらは酸化とアセトアルデヒドの関係性が主なポイントであった。
一方で上の方に固まっている化合物群はS化合物である。
上の化合物群の濃度がpossible increaseなのは還元状態で増加するからで、この上側化合物群の増加と下側化合物の増加は基本的には逆のベクトルにある。
そのためS化合物の多くは還元状態の方で説明するが、ここではとりあえず酸化によって減少するものとして取り上げられているチオールの情報についてのみ付け加えておく。
チオールはS化合物ではあるのだが、一般にフルーティーな香りとして扱われている。
おそらく造り手の方なら3MHとか3SHとか聞いたことがあるだろう。
ちなみにこの2つは同じ化合物で最近3SHと表現するよう統一された。
これらの化合物群は特にソーヴィニヨンブランで有名で、昨今では甲州の早摘みを醸して取り出すなんてことも試みられているものである。
上記以外の品種でも酸化によって失われるフルーティーさの一部はこれらの化合物を失うことによって起こる。
チオールはキノンとの反応性が高く、酸化されて生成されたキノンがマイケル付加反応を起こすとされている。
以下に一応反応系を示しておくが、ここまでくると私もあまり理解できない領域である。
このNu-にあたるのが求核剤のチオールでo-キノンのケトン基と反応するのだろう。
それはさておき、3SHはこのキノンとの反応がメインで失われるのだが、すべての化合物がそうであるというわけではない。
例えば3SHAは酸接触加水分解なる分解によって閾値の高い3SHになり香りの濃度を低下させる。
つまり酸化とは別の反応でもチオール類の香りが失われることもあるのである。
その他酸化に関する色やフェノールの話は以前の稿を参照していただければと思う。
やっとここまでで酸化の説明を終えることができた。
瓶熟の話をする前に次の稿では還元状態の話を見ていこうと思う。
今回のまとめ
-アルデヒドはアルコール類の酸化とアミノ酸のストレッカー分解が原因。
-色はアルデヒドに誘引される重合によって白は黄色、赤は褐色に。
-香りはアルデヒド、ソトロン、チオール類などが酸化の影響を受ける。
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