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なぜピアニストは腕をくねらせて弾くのか

大昔から疑問である。演奏中、なぜ必要以上に腕をくねらせたり、不要なほど空気を撫でるような動作をしたりするピアニストがいるのか。様々な動画を見て、分かる範囲で検証してみたことがある。

動画を見続けた限り、まず、年齢を問わず女性ピアニストに多いように思う。また、世界を股にかけるような一流ピアニストは、不要な動作が少ないように思う。演奏に没頭はしているが、必要最低限の合理的な動きしかしていない場合が多いように見える。ただし目線は独特だったりするから面白い。

この空中表現過多の弾き方は、いわゆるピティナ弾きみたいなものかと思うが、幼少の頃からこういった動作を身につけると、簡単には抜けないのだと思う。演奏に支障がない限り特に悪いことではないだろうし、無意識の空中演技表現が、演奏に好影響を及ぼすこともあるのだろうと思う。

自分ではこういった過剰表現は好まないし、聴いていても見ていてもミニマルな動作の演奏に惹かれるのだが、これは好みの問題かと思う。空中で腕を美しくくねらせることで音楽を一層引き立てるように感じるか、これ以上削ぎ落とすものがない程装飾を排した動きに美を感じるか。見た目だけで考えれば完全に好き嫌いの問題だ。

以前読んだ何かの音楽本に、面白い実験結果が載っていた。聴衆がクラシック音楽に詳しくない場合、大袈裟な視覚表現をする奏者の方を、より素晴らしい音楽だと考えるらしい。しかし、ある程度精通した聴衆の場合、奏者の過剰な動きによる影響はなく、音楽そのもので判断するとのこと。

ということは、視覚に訴えることで演奏を印象付けようとし、わざわざ腕をくねらせたりしているピアニストもいるのかもしれない。または、指導者にそのような指示をされ、そのまま反映されていたり、その癖が抜けなくなってしまったりしてるのかもしれない。本人も無意識のまま、至極当然の弾き方として身に付けているものなのかもしれない。話すときの抑揚が人によって差があるように、人間の表現は無意識の部分が多いし、一度付いた癖はそのまま残ることが多いからである。

ただし、この腕を過剰に空中で使う弾き方は、個人的にそんなに勧められるものではないように思う。表現力が増すように見えるかもしれないが、そこまで空中動作が音作りに影響を与えるものではなく、長い休符や最終音の後で空中で腕を使っても、実質的には何も変わらない場合がほとんどだからである。ただし、奏者の心理状態に影響し、より良い表現が可能になるということはあるかもしれない。間接的影響である。

しかし、音を出すために直接関係しない動作が増えると、その分どんどん消耗していくものである。余分なエネルギーを使い続けることになる。空中表現の方に意識が向かい過ぎると、肝心なリズムがずれたり、テンポが狂ったりしてしまうんじゃないかという気がしてくる。長年ピアノを弾き続けるというのは思った以上に大変で、毎日スケールやらアルペジオやらで基礎練し、近現代しか弾かないような人でもバロックや古典で基礎を確認するし、ジャズピアニストでもクラシックを基礎練で弾くという人も多い。これを毎日同じように、年齢に伴い少しずつ衰える体力の中で、何十年も続けるというのは、並大抵ではないのである。

そのため、過剰な空中表現で腕をくねらせる弾き方を続けると、その余分な動作に伴って、身体を痛めるリスク、演奏で消耗するエネルギーなどが上がる。だから長く弾き続けるためには、やはり、無駄な動き排し、音を出す直接的な操作のみに専念した方が良いのではないか、と思う。また指導する側も、自分が空中で腕を使うような弾き方をするからといって、それを安易に生徒に真似させるのは避けた方が賢明だと思う。身体の造りは一人一人違う上、こういった弾き方は、ある人にはかなりの嫌悪感を与える場合があるからである。

クラシック音楽に興味がない方も、こんな具合に動きに注目して楽しむという方法もあるので、是非敬遠せず気軽に聴いてみることをお勧めする。特に正しい聴き方というものはないので、面白そうな部分から入ると、色々発見があり、もっと聴いてみようという気になるのでは。


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