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幸運をもたらす蛾

いつもと違うルートを進んだのは、いつもと違う気持ちで森に入ったせいかもしれない。

今日から、完全フルタイムでの勤務となる。

月から金まで1日8時間ほぼ立ちっぱなしの業務を終えると毎日クタクタで、サラリーマンたちを競歩さながらのステップで追いつけ追い越し、地下鉄の座席争奪戦に勝ち抜かねばならない日々を過ごすことになる。

そうなると毎週末に森歩きするわけにもいかず、蟲探しからも距離を置かざるを得ない。

3月にフルタイムの話をもらったとき、一番悩んだのが、蟲を探せなくなることについてだった。

3ヶ月もあるから…と思っていたのに、気づいたら5月も末である。

今後は土日祝しか休めなくなってしまうため、最後の平日休みだった昨日、新たなスタートを気持ちよく切れるように、新たなルートを選び、森へと足を踏み入れた。

強すぎも弱すぎもしない最高の日差しと、暑すぎも涼しすぎもしない心地よい気温の中、見るものすべてが爽やかで、耳に入る音すべてに聞き惚れて、ひたすら笑顔で歩き続ける。

エゾハルゼミ、アゲハチョウ、ゾウムシ、各種多様な幼虫たち。と、龜蟲龜蟲龜蟲…

たくさんの虫たちを見つけては、写真を撮ったり撮れなかったり。
ただただ出会いを楽しんでずんずん歩いた。

林道の背の低い草に、白い綿毛のようなものが見えた。
しゃがんでみると、それはオオミズアオだった。

ずっとずっと会いたかったオオミズアオが、目の前に一度に2匹も現れた。
どうしたらいいのかわからず、しゃがんだまま、しばらくじっと見つめる。

どうやら右側のメスは羽化不全らしい。
同じ茎の左側には綺麗に羽を広げたオスが寄り添っている。

オオミズアオの成虫は、口が退化し、繁殖が終わると一週間ほどで死んでしまう。

その僅かな期間に、普段なら通らないこのルートで出くわしたことが不思議でもあり、なにかの暗示でもあるように感じた。

寄り添う2匹の儚い美しさを邪魔するつもりなんてなかったのに、つい手を差し出し、1匹ずつ乗せてしまった。

オスのオオミズアオ
幅の広い櫛状の触角がオスの目印
メスは羽化不全であった
メスは触角が細い。

周囲の木々の緑を写し取ったかのような、青みがかった淡いグリーンと、ぶどう色の手足と縁取り。
その姿を目に焼き付けて、同じ場所へそっと戻した。

立ち去り難い気持ちだったが、これ以上彼らの邪魔をしてはいけない、と前を向き直って進むことにした。

オオミズアオは「幸運をもたらす蛾」と言われているらしい。

今日出会えたことに意味などないのかもしれないけれど、笑顔と幸せをもらえたことに間違いはない。

それが新たな日々への幸運の鍵となるかもしれない、と思った。

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