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むるめ辞典

■離婚

[読]りこん

離れた婚

[例文]
男物の見知らぬ靴が律儀なリスの前歯みたいに固く玄関に並んでいるのをみて、生まれて初めて静寂のざわめきというものを耳にした。

遠雷が轟くように胸の奥に響いたあと黒くて重たいものが全身をかけまわり、頬は痺れて、時間をひどく長く感じさせた。

玄関に立ちすくんで静寂の後に聞こえてきたのは、ガラガラと音を立てて崩れていく未来であり、これまでにないほど頭がクリアに回転する音だった。

ここからの1ヶ月、私は一糸も乱れぬほど冷静に行動した。離婚に関する煩雑な手続きを順序立てて理解し、我慢強く相手の話を最後まで聞いた。

あの時に聞こえた静寂は私を別の世界に運んでしまったようだった。なにもかもが意味をなくして、美しいものは鋼鉄の鈍い輝きにかわり、醜いものは鉄屑のままだった。

運ばれてきたこの世界には以前と同じ輝きは戻らないと知った。時間が流れるようにただ過ぎていくことは以前と同じだった。

感情はいつまでも行き場を見つけられず、うまく流れてくれなかったので、いつも目が乾いて仕方がなかった。


サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。