鯉のぼり
風のない日だった。
娘とサイクリングの帰り道。
太陽が西の空を淡い色調に燃やしながら山際に沈もうとしているのをみていたら、視界が開けて大きな鯉のぼりがあらわれた。
濃い麻色のキャンバスみたいな畑の上を泳ぐ鯉のぼりが山の中腹から吊るされていた。
錦と黒の面妖な成魚が左右に二体ずつ先頭を泳いでいて、山に昇って行くような格好になっている。色とりどりの子鯉はなんだかイカナゴの群れみたいに並べられて後ろに列を作っている。
近くで見上げると風で空にさらわれたカーテンのようにはためいていた。
一体ずつ表情が違った。
こっちをみていたり、鯉同士で見つめあったりしている。
「このコたちみんなで何かを待ってるみたいだね」と娘が言った。
「そうだね、何かを待ってるんだろうね」私はこたえた。
それから家までの帰り道、自転車を漕ぎながら、あの鯉のぼりは何を待ってたんだろうかと考えた。
たしか鯉のぼりは登竜門伝説になぞられて男の子の出世を願う祈りである。
鯉には人間の、親の祈りが込められている。
あの鯉のぼりをあげた人は近隣の子供たち皆の出世を願ったかもしれない。
鯉たちは子供の美しい未来を待っているのかもしれない。
来年またここの鯉たちが昇る頃。
子供が変わらず健康で、また一緒にここに来ることを私は願った。
サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。