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むるめ辞典

■望郷

[読]ぼうきょう

望む郷

[例文]
祖父の船で無人島へ行った。
浜では子供たちが焼けた砂の上に散らばった貝の殻に足を刺されて喜んでいて、海辺では水と戯れる大人が心を洗っている。

素潜りに出て海中で一匹の亀になったような無心の目で牡蠣を見つける。銛ではぎ取る。漂う蛸を追いかける。とうとう捕まえる。エイには気をつけろ、と祖父は言う。岩肌の付近にいれば安全だからと子供は沖に出られない。

はるかに砕ける磯波を超えて、緑と青に彩られた瀬戸内の平坦な海面に美しく生い茂る島々の中を泳いでみたかった。

太陽が白い伸縮性のある光線で容赦なく肌を焼き肩の皮の下に水ぶくれをつくる。あとにはシミが残る。

シミは今でもまだ消えなくて刺青みたいに思い出を封じこめた。夏が来るたびこのシミと瀬戸内の無人島を思い起こす。

今年の夏も真南に昇った太陽が、白と赤の色調で空を焼いて、故郷の海を黄金色に染めていく。

どんな時代になろうと、どこで暮らそうと、この海で育ったことを私は一生忘れない。


サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。