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むるめ辞典

■指針

[読]ししん

指の針

[例文]

柔らかい布を縫い合わせる針のようにスイスイと淀みなく動きまわる少年だった。

彼はボールを蹴っている時にはいつも笑っていて、年少のチビが彼のボールをとりに行くと、わざと取れそうなところにボールを置いて、その子が足を伸ばしたところでボールを引き、小さい足を空振りさせた。

同年代の子を二、三人と置き去りにしてドリブルで抜いた時には、楽しくて仕方ないという風に顔が緩んでいた。ちょっと意地の悪いところもあったけど、味方が失敗しても大きい声で励まして、自然にでる言葉が仲間を助ける器量もあった。

「おい、あれ見せてやれよ」と言われてボールを軽く蹴り出したその少年は、新入りの私の目の前で、前に出した右足と後ろに残した左足で器用にボールを挟んだ。

そのまま身体が前に進む勢いを利用して、右の踵でトトンと蹴り上げたボールが背中の後ろから浮きあがってきて、桜の木の間を縫うようにして足元に戻ってきた。

「なんじゃあそりゃあ」と広島弁丸出しで驚いた当時の私は、その技ができるようになりたくて、毎日サッカーをすることになった。

彼に憧れていた。ほとんど全員が心を縫いつけられたように彼の魅力に繋がれていた。どんなに強く引っ張っられてもその魅力はちぎれなかった。

彼のチームが数年後に日本一になっても何も不思議なことではなかった。

サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。