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むるめ辞典

■空雲

[読]そらぐも

空と雲

[例文]
壁あてで割ったガラスの枚数が手足の指だけでは数えられなくなった夏に、製菓企業が主催する子供向けマラソンのイベントが開催された。

会場になった競技場は川と海が交わる河口の袂にあって、気まぐれな風が強く吹くと振る舞われた焼き菓子と磯の香りが交わって不快な匂いを漂わせた。観戦スタンドにいる親たちはハンカチを口元にあてて表情を隠したままおしゃべりに勤しんでいた。

私は終盤まで上位グループに残っていて、つらいつらいつらいやめたいつらい、と思いながら、上流に行き過ぎた汽水魚みたいに荒くなった息づかいと、地面を蹴る靴の音だけを聞いて走っていた。

序盤から中盤くらいはまだ余裕があって、河口の上を流れる白い雲が、順番をつけるのに必死になって走る私達の方にノンビリと流れてきているのをみて、あの雲のゴールはどこにあるんだろう、と考えていた。

今ではもうレースに出ることはないけど、ランニングをしていると、気持ちよさそうに流れる雲を見て今でも同じことを思う。あの雲はどこからきて、どこに向かっていくのだろうと。

朝の光に輝くあの雲も、夕日に焼けるこの雲も、もしかしたら少年だった私がいつか見た雲と同じ雲かもしれない。

そんなわけないんだけど少なくとも空はあの頃から繋がっているよな、と考えながらあのレースを途中で諦めた時の悔しさを思い出したりもする。

サポートしていただいたお金で、書斎を手に入れます。それからネコを飼って、コタツを用意するつもりです。蜜柑も食べます。