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【短編小説】イ・バ・ラ・ヒ・メ

『くそっ!レクタルームが開かない』 
ポルクが毒づき、パントを額に跳ね上げた。勢いがつきすぎたのか、パントは彼の足元にロストオフした。
「セリスト7番からエンローグできないか?」
「無理だ。新型のボーガルド21型が6エンタだ。7番どころか、10番までもロックアウトできない。」
「そうか・・・かなりエスプガルダのローカライズが速いということか。」
ゼストが腕組みしながらソルロンを覗き込んだ。ソルロンのエーペーでは、たくさんの光が様々な色で明滅していた。
「感心してる場合かゼスト! 何とかしないとロストハートがおしゃかだ。」
ポルクは体をねじって振り返り、ゼストに大げさな身振りを示す。ゼストは表情を変えもせず、帽子のつばを上げてもっとよくソルロンを見ようと上体を曲げた。

 と、ちょうどその時、ペリンカがオーガスルームに入ってきた。入ってくるなり、彼女はポルクにこう言い放つ。
「おいおい、その程度のローカライズが『速い』ってか?」
憤慨したポルクがドミナから立ち上がって、大股でペリンカに詰め寄った。
「じゃぁ、お前何とかしてみろよ!」
「・・・顔、近すぎだぜ?」
湯気の上がるポルクの顔を払いのけると、優雅な動作で彼女はドミナに着いた。
「さーて、この速度ってことは、そろそろエスプガルダさんらは60%くらいローカライズしてるか?」
「大体それぐらいだ」
とゼストがソルロンを見つめたまま言った。ペリンカはウォスを両手にはめると、パントを額から引きおろしてローグを開始した。

 なるほど、たしかにボーガルドが6エンタ・・・これじゃポルクならロストハートは時間の問題だと彼女は思った。だけど、あたしなら・・・彼女は仮想ポケットからリオーンを8本取り出す。2本は予備だ。
「さーて、お前さんたち、ここまでローグインできたことは褒めてやるけど・・・残念ながらここでロストオフだ!」 
彼女はそう言いながら、8本のリオーンを各アグローンからマイトした。リオーンは少しふらつきながらも確実にボーガルドたちをめがけてマイトしていく。
 8本のうち6本はどうにかマイト成功し、5エンタがぱらぱらとロストオフした(2本は同じボーガルドにマイトしたのだ)。だが、あと1エンタが依然稼動中だ。
「ちっ、運のいいやつ。」
ペリンカはリオーンマイトをあきらめ、12番のセリストまでさらにローグを進めた。セリストの手前、10番まではすでにローグインされており、11番も現在進行中、つまりこの12番セリストが最後の砦ということになる・・・彼女は反対の仮想ポケットからドンスコイヤーを取り出し、中身を全身に振りまいた。

 数ローカ後、轟音と共に11番セリストが破られ、最後のボーガルド21型が姿を現した。
「うわぁ・・・思ったよりでけぇな。」 
彼女の額にうっすら汗が浮いた。止められるだろうか?
「ならば・・・こちらから仕掛ける!」 
ボーガルドに向かって伸ばした彼女の両手から、いく筋ものエンローがほとばしる。それらは正確にボーガルドの二対のエンペシルを絡め取った。ギギギと仮想音を出しながら無様に横倒しになるボーガルド・・・
「取ったッ!」 
息を切らせながら両足をレクタウォールに踏ん張り、両手をぎゅっと握り締める。ウォスが食い込むリアルな感覚。汗びっしょりになっているのがドンスコイヤーを着ていても分かる。
「このままレクタルームにねじ込む! ゼスト! 聞こえてるか!」
『レクタルームは開かないんだ。何とかその場でロストオフさせてくれ!』
遠くからゼストの仮想音声が響く。簡単に言ってくれるよ全く・・・ため息を漏らしつつも、彼女は腹を括った。やるしかない。
「うおおおおおお!」
両手をぐっと胸元に引き寄せ、エンローが緩まないように自身の仮想体全体をぎゅるんと回転させて、全身でエンローを巻き取りながらボーガルドに突進する。彼女はその途上、仮想パントをエフィシエナフに変形させた。
「食らいやがれ、新型!」
 エフィシエナフの尖った先端が、ピクピクと痙攣するボーガルドの正面にガツンと突き刺さる! ほとばしる閃光と共に、『ガゴン』と大きな仮想音を立てて、件のボーガルドは真っ二つに割れた。
「やったか!」
彼女は回転しながら華麗にレクタウォールに着地し、引き剥がしたエンローを手の平にしゅるりと収納した。

 そこで彼女は信じられない光景を目にする。

『…おいゼスト、ポルク…見えるか?』 
「みみみみみみ見えてるぜ…ななななんだこりゃ。」
「おそらく新種のローグハートだ。」
完全に腰の引けてしまったポルクの隣で、ゼストがぼそりと言った。エーペーには、仮想ペリンカの数レン先で、まだら模様の赤い球体が浮遊しているのが映し出されていた。
「ボーガルドにローグハートがあるなんて!・・・ありえないぜ?」
「・・・目の前にある現実を否定することは、たとえローグ中でも不可能だ。」
狼狽するポルクに、ゼストがぴしゃりと言った。

 と、その時だ!
『わああああああああ!』
 オーガスルームに響くペリンカの仮想音声。同時に、ドミナに座るペリンカの実体ががくがくと痙攣し、やがてだらりと動かなくなる。
「おいどうした? ペリンカ! 聞こえるかペリンカ! おい!」
ソルロンに向かって叫ぶゼストの脇を抜け、ペリンカの実体の元へ駆け上がったポルクが彼女のパントとウォスを引き剥がし、ドミナから引き摺り下ろした。両頬をぺしぺしと平手打つ。顔色は普通だが・・・意識がこちらに戻らない。
「・・・これは」
「仮想ペリンカはロスト「アウト」したのか?」
ゼストも彼にしては珍しく血相を変えて駆け寄ってきた。
「ローカライズは?」
彼女を見つめたままポルクが尋ねる。ゼストがぼそりと応える。
「ローカライズ自体は停止した。だが、例のローグハートも、なぜか消滅した・・・」
「もしかして、最初からこれが目的だったのか・・・」
ポルクは唇をかんだ。ペリンカはまるで眠っているかのように、安らかに胸を上下しながらオーガスルームの床に横たわったままだった。
 眠れる森の美女・・・ふとそんな単語がポルクの補助脳をよぎった。



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)