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聖戦とトラナナのおはなし(二次創作)

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記事一覧

喪の昼餐(ブルームの話)

喪の昼餐(ブルームの話)

※2010年にサイトにあげていたお話の再掲です。

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 アルスター王妃エスニャの死の知らせを聞いた時、ブルームはひとこと「うむ」と返したのみだった。人を下がらせ、一人になると、きょうだいで一人だけ取り残されたという感傷に人目を気にせずに浸った。いまのブルームはフリージ城にいることは稀だが、たまに戻ってきたこの城でその知らせを受け取ったことも感傷を深める一因である。
 感傷は追想と

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弟の妻(エーディンの話)

弟の妻(エーディンの話)

明確なカップル表現はありませんが、国の継承具合からある程度は前提カップルが限定されますことご了承ください。本創作では
・パティがユングヴィ継承
・レスターもユングヴィにいる
・パティは遠くに恋人がいる
となっております。トラナナ要素を含みます。

ーーーここより二次創作ーーー

 姪が継いだ懐かしい故郷ユングヴィに戻る。遠く城を認めた時から目の奥がじんと痺れた。若きあの日に突然破られた平穏、踏み躙

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弟の結婚(エーディンの話)

弟の結婚(エーディンの話)

 アンドレイの結婚はユングヴィにとってどのようの意味を持つのか、エーディンにはよくわかっていない。
 姉の不在がこの家にもたらしたものはあまりにも大きい。ひたすらに姉の生存を信じ待ち続ける父。その父を立てつつも、姉が戻らないことも見越して蠢く臣下の派閥。弟の母(父の妾である)は出たがり人ではなかったが誰かは野心を吹き込む。それを牽制していたであろうエーディンの母、つまり父の妃はすでに他界している。

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フリージの宝石箱

いつか何かのために書き溜めたもの。ティニーの首飾りを書いたので、ほかの人たちも…

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ライザの耳飾り
 大きな耳飾りをつけると彼女の気持ちは一層引き締まる。
 いつだったか、イシュトーが伸ばした手を止めて、「それがあると頬に触れられない」と言った。そして彼女の頬に触れようと伸ばされた指先を戻して「余計なことを言った」、と彼は言うのだ。いつだったか、この耳飾りは鎧のようなものだと話し

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シレジアの花嫁(セティ、カリン、ミーシャ)

 リーフの軍に合流してから、セティは長い話をカリンから聞かされた。ミーシャからも話は聞いた。セティが初めで出会ったその天馬騎士は、カリンと比べなくても寡黙であり、必要なことしか話さなかった。そしてセティには、必要なことすら話してくれていないように感じた。
 シレジアの飢えたこどものたちのために戦っていた彼女からみて、王子という立場でありながら父親を捜して国を出た自分がどのように見えているかは、彼女

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雨4(ヨハンの話)

 こういう時のヨハンは頼りになる。
 普段は謎の詩情を溢れかえらせているので分かりにくいが、彼は自身の武勇や戦場での指揮のみならず、後方支援にも秀でている。その日、雨の中の敗戦、続々と戻る各部隊の受け入れの差配を的確に素早くこなしている。
 雨が止み、戻るべき部隊がおおかた戻り(しかし失われたものは多い)、山崩れで戻れない部隊の救援の部隊が城を出たころ、ようやくヨハンは一旦休んだ。
 「お疲れ様」

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雨3(ジャンヌの話)

 てのひらに力が入らない。指が動かない。先ほどから湿った布を絞り続けているが終わりがない。
 ずぶ濡れの兵士たちが次々と戻る。体が冷えないように濡れたものは脱いでもらう、乾いた布で体を拭ってもらいたいが、足りず、体を拭って重く水を含んだ布を次の兵士が使う。やがて水が滴り落ちて役目を果たさなくなる。あちらに火が、あちらに飲み物が。ここには布が。布が。もう乾いた布はない。ジャンヌは搾り続けて力の入らな

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風をかたどる(ユリアと彼女の愛するひと)

 ※このあいだアップした「ひとりではしる」ののちの話。
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 庭を歩くだけなのに着膨れてしまって、そんなユリアを彼は笑っていたけれども、いざ歩き始めると彼は「寒いな」と言い出した。ユリアは襟巻きに顎を埋めて、ふふと笑う。秋の庭は色づいた木々が吹く風に葉を舞わせている。明日になれば葉はかなり落ちてしまっているのではないかとそんな気がした。
 庭師は毎日落ち葉を掃いているが、これでは追いつ

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ひとりではしる(戦後のユリアの話)

 城の広い庭をユリアはひとり走り走り斜めにつききった。先程彼女は何かを見たのだ。白い影が南東の角にある大きな柳の木の下でふらりと揺れた。
 ユリアはそれを母だと思った。そんなはずないと分かっていたのだが。
 柳の元に至ってみるとそこにはやはり誰もいない。風が吹いて、ゆらゆらと枝葉が揺れている。ユリアは右を見て、左を見て、それから空を見た。息が上がって苦しい。枝の向こうに、太陽が輝いている。母はいな

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菊三株、そして(ティルテュとブルーム)

可憐で素朴な菊の花がフリージの庭には咲いていた。元々は母が植えた三株だったと言われているが、随分と増えてこんもりと茂っていた記憶がある。皆はその花を西の菊と呼んでいた。本当はなんという花なのかティルテュは知らない。西の菊だというのだから、アグストリアに咲く花かもしれないと思っていた。
彼女は久しぶりにその花を見た。兄が持ってきたからだ。兄はおもむろに包みを取り出して、その中から一株、萎れかけた菊が

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転移魔法

 その日の戦場は過酷であった。雨が降っていた。雨の中ラナは杖を振り続け、しまいには杖に封じられた癒しの力が尽きた。何も答えなくなった杖をラナは見る。薄く濁った水晶に雨の雫が流れていた。その水晶が、うっすら光った。いや、違う。光ったのはラナの周りの地面で、水晶はその光を鈍く返したに過ぎない。転移魔法である。
 ラナは転移魔法で拠点に戻されたのだった。たしかに、あれ以上戦場にいてもラナは役には立たなか

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夕暮れ 川辺にて(アグストリア解放戦争中 アレスとデルムッド 、ナンナ)

アレスは絵になる男だ。その髪が陽に透けるとまるで光そのもののようで、しかし彼が纏っている鎧は闇そのもののよう。長身がとにかく映える。特に日が傾きかけた光の中のアレスは本当に絵になる。ゆったりと流れる川の面は象牙色に輝いて、岸に立つアレスはそれをぼんやりと眺めているようだったが、デルムッドの視線に気付いたらしい。顔を上げて不機嫌そうな声で言った。
「何を見ている」
「いやぁ、見とれてたんだよ。アレス

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吉報(戦後のセティとホークの話)

 このところの難提は王の結婚である。そろそろしてもらわなくては困るのだが、相手が難しい。各国の王たちのように先の動乱で決まった人と結ばれいれば、諸々の問題は起こっただろうが押し通せた。なのに王にはその気配はない。やはりまだ独身でいるフリージ公ティニーといい仲だったのではないかという噂もまことしやかに飛び交っているが、実際のところはわからないし、もしそうだったとしてもフリージ公はフリージを離れないだ

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希望と身勝手(コープルの話)

「コープル……あなたには大変な思いをさせてしまったわね」
アルテナはそう言うが。
「気遣ってくれてありがとう。私は大丈夫よ」
アルテナはそう言うが。

 コープルはとにかくアルテナのことが好きだった。アルテナは美しい。アルテナは強い、アルテナは優しい。好きにならない要素がない。とにかくコープルはアルテナが好きだった。

 アルテナはトラキアの王女である。いや、王女であった。トラキアは希望を持ちにく

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