フリージの宝石箱

いつか何かのために書き溜めたもの。ティニーの首飾りを書いたので、ほかの人たちも…

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ライザの耳飾り
 大きな耳飾りをつけると彼女の気持ちは一層引き締まる。
 いつだったか、イシュトーが伸ばした手を止めて、「それがあると頬に触れられない」と言った。そして彼女の頬に触れようと伸ばされた指先を戻して「余計なことを言った」、と彼は言うのだ。いつだったか、この耳飾りは鎧のようなものだと話したことがあるのを思い出したのだろう。この耳飾りをつけている時の彼女が武人でありたいということを尊重してくれているのだろう。そういうところは細かく気を遣う人である。「別によろしいのです。触れても」と、返すと、少し驚いた顔をして、「そうなのか?」と言う。重ねて、そうです、よろしいのですと言うと、少し考えて、ためらいがちに手を伸ばし、耳飾りに指先が触れた時、改めて彼女は、この人のためになら死ねると思った。そして指が耳飾りをかすめ、彼女の頬に触れたとき、この人とともに生きたいと思った。

イシュトーの胸飾り
 このような大きな式典に父の名代として正装で参列することははじめてのことである。これは嫡子として信頼されていることの証なのだろうから誇らしさと責任をもって全うしなくてはならない。それともこの式典に父は自ら赴くほどの重大さを感じていないということだろうかと、そんなことも頭をよぎる。今日はユングヴィのスコピオの婚礼の式なのだった。弓の家の妾腹の男子。ドズルからの来賓もブリアンとのことだ。バーハラからは皇帝一家は来ない。
 これは重い行事か、軽い行事か。
 しかしどちらにせよ、この肩から胸に下げられたフリージ正装の胸飾りのなんと重いことか。今日は父の名代であるイシュトーがフリージなのである。

ブルームの帯飾り
 これは一つの執念だな、とブルームは思う。彼の腰をしめるありとあらゆる帯は平服であれ人目に触れるところであろうがなかろうがずいぶんと手の込んだもので、すべてヒルダが整えさせたものである。帯はすべて妻が選ぶ。こんなことは彼の衣服の中で帯だけだ。最初からそうだったわけではない。ヒルダが子を産んでからだった。
 イシュトーにトードの証の出なかったことはそれほどブルームは気にしていなかったのだが、ヒルダは違っている。彼女の恐れていることは、イシュトーに聖痕が出る前に、あるいは聖痕をもつ次の子をヒルダが生む前に、ブルームが外で子を産ませてその子が強い血を持つことであった。ほかの女の前で帯を解こうとすればヒルダの顔が浮かぶように、と、それは女の意地かもしれぬ、あるいはいじらしさかもしれぬとブルームは思う。

イシュタルの髪飾り
 戦場から戻り、鎧を脱いで、高く結い上げた長い髪をおろす。侍女が櫛で髪を梳いている間、彼女は眼を閉じていた。侍女の手の動きがやんで瞼を開くと、目の前の卓に先ほどまで彼女の髪を飾っていた赤い飾り布が見えた。
 お前の銀髪には赤が映えるな。
 そう言ったのは父だった。
 フリージの銀髪にはヴェルトマーの赤が似合うのよ。
 そう言ったのは母だった。父は母がそんなことをいうときには(母は非常に頻繁にそのようなことを言った)少し目を細めて表情を消していたように思う。
 母のいないところで父がティニーに、お前の髪にそのリボンは似合っている、と言っていたのを耳にしたことがある。ティルテュもよく似合っていた、と。父はそうも言っていた気がした。
 「御髪はいかがなさいましょう、イシュタル様」
 侍女の問いにイシュタルは現在に引き戻された。戦場でほこりにまみれた髪は一通り梳かれて、さて再び高く結うか、それとも下で緩く結わえるか。
 「高く結って。その布で止めて。あと、あの飾りをつけて」とイシュタルは答えた。
 「あの飾りを、でございますか?」
 侍女は少し驚いたように言う。侍女は宝石箱を開けて「あの飾り」を取り出した。おそらく大陸を探してもこれ以上大きなものはないのではないかと思われるほどの黒真珠、銀と金剛石で豪奢に取り囲まれたそれが鈍く光っている。闇を覗きこんでいるような気分になる。侍女もそうなのだろう、持つ手が震えていた。イシュタルの髪を高く結い上げ、赤い飾り布で縛り上げ、最後に黒真珠でそれをとめた。これは皇子より賜ったもの、お前によく似合うと彼は言った。確かに彼女の戦場での黒装束にはよく似合っているのかもしれない。ただ、ティニーにも叔母のティルテュにもおそらくこれは似合わないだろう。母は皇子からの賜り物を喜んでいたが、父はやはり目を細めて表情を消していたように思う。
 鏡に映った自分の顔は色を失い、黒真珠の飾りはそんな彼女を凝縮したような風貌である。彼女の髪をまとめる赤い布だけが、暖かい色をしている。 
 
ヒルダの玉釧
 彼女の左腕の手首に、よく光る腕輪が一つ光っている。金の輪を赤い四つの宝玉が彩っていた。もちろん彼女の手首にはこれのほかにも数多くの金や銀や宝玉や七宝や、贅を尽くした釧が多く綺羅やかな音を立てているのだが、その赤い宝玉の玉釧がもっとも人の目を引いた。ほかの腕輪が変わっても彼女が常にそれだけは変わらず身に着けていたからかもしれない。
 彼女は炎のような血のような赤い宝玉を愛していた。彼女を慈しみ育てた彼女の親が嫁ぐ彼女に贈った簡素であるが最上級の宝飾品。ファラの誇りを固めたような美しい宝石。嫁いた日もこれを身につけていた。嫁いだ日からずっと身に着けているのだ。
 この釧を初めて見たときに「美しい玉釧ですね。まるであなたのようだ」と言ったブルームは死んだ。この玉釧を譲ってもいいと思っていたライザも死んだ。イシュトーも死んだ。イシュトーが幼い日に彼女の手首からいたずらでこの玉釧を抜き取って放り投げた日などこの間のことのように思われるのに、彼は武人になり、戦って死んだ。反逆者たちに殺されたのだ。
 彼女は雷公の城にて赤い玉釧をつけて反逆者を待っている。