雨4(ヨハンの話)

 こういう時のヨハンは頼りになる。
 普段は謎の詩情を溢れかえらせているので分かりにくいが、彼は自身の武勇や戦場での指揮のみならず、後方支援にも秀でている。その日、雨の中の敗戦、続々と戻る各部隊の受け入れの差配を的確に素早くこなしている。
 雨が止み、戻るべき部隊がおおかた戻り(しかし失われたものは多い)、山崩れで戻れない部隊の救援の部隊が城を出たころ、ようやくヨハンは一旦休んだ。
 「お疲れ様」
 そう声をかけるとヨハンは疲れてはいない、と言う。雨の中歩き回ったヨハンはずぶ濡れで足元も泥だらけになっていた。疲れていないはずはないのだが、戦場に出たものはその比ではないので彼の返答は理解できるが。
 「いや、疲れてるだろ」
 だからといって疲れないはずはないのだ。あのおかしな詩が飛び出ないくらい疲れているのだ。
 「食べて」
 干し無花果を渡すとヨハンは黙ってそれを受け取った。やはりあのおかしな詩は出てこない。しばらく咀嚼して飲み込み、軽く息をついた。水筒を渡しつつデルムッドは言う。
 「ヨハンがこっちにまわってきてくれてから、流れが良くなったよ。勉強になる。ヨハンはすごいな」
 言うとヨハンは少し困ったような顔をした、ように見えた。
 「こういうのは愚弟の方が得意なのだ」
 ヨハンは言った。
 そうなのだろうか。
 大雑把に見えて頭の回転もよいのは、それほど深くは関わらなかったデルムッドにも感じられた。
 ヨハンは立ち上がりデルムッドに水筒を返す。ヨハンの靴先で乾き始めていた泥がぼろぼろと剥がれた。