夕暮れ 川辺にて(アグストリア解放戦争中 アレスとデルムッド 、ナンナ)

アレスは絵になる男だ。その髪が陽に透けるとまるで光そのもののようで、しかし彼が纏っている鎧は闇そのもののよう。長身がとにかく映える。特に日が傾きかけた光の中のアレスは本当に絵になる。ゆったりと流れる川の面は象牙色に輝いて、岸に立つアレスはそれをぼんやりと眺めているようだったが、デルムッドの視線に気付いたらしい。顔を上げて不機嫌そうな声で言った。
「何を見ている」
「いやぁ、見とれてたんだよ。アレスは絵になるな、って」
言うとアレスは露骨に不機嫌そうな顔をする。外見の美しさを指摘されるといつもアレスはこうなる。
エルトシャン王にそっくりなアレスの美貌はアグストリアでは効果抜群だ。ナンナと並ぶとその威力は倍増する。それがアレスには苦々しいのだ。アグストリアの民がアレスの隣に並んで欲しいのはナンナなのである。それを直接あるいは言外に言われることも多く、その度アレスは不機嫌になる。アレスが隣に並んで欲しい相手は、別にいるからである。そしてアレスがその彼女と並んでいても、アグストリアの民はナンナと並ぶことを望む。
「お前は役に立つんだから使い倒せというのだろう」
苦い声でアレスは言うのだ。それはそうだ、これからアグストリア解放の戦いを進めていくのに、アレスの外観は凄まじい力を発する。
「ナンナには同じことさせるな」
アレスが言う。
「そうだね」
確かにそうなのだ。自分たちはナンナの強さに甘えてしまっている。アレスとナンナが並んだ時の威力は破壊的なのだ。しかしそれはナンナにはつらいことなのではないか。
アレスがふと顔を上げて遠くを見た。視線を追うと、ナンナが歩いてくる。西日の中の逆光のナンナは、アレスが美しいのと同様に、とても美しい。我が妹ながらデルムッド はそう思う。おそらくアレスもそう思っているだろう。ナンナによく似ているという母も美しかったろう。そして、母の兄はそれをやはり美しいと思って見ていたのだろうか。それは彼にはわからない。
「あいつは根性がある」
アレスが言った。
「そうだね。そこに甘えてはだめだね」
デルムッドは答えた。少し陽が傾いて、先ほどまでの輝きが川面から消えた。戻るか、とアレスは言う。岸を離れナンナのいる方向に歩きはじめると、ナンナが足を止めた。自分達を迎えにきたものだろう。急に力を失い薄紫に変わる空の光が、ナンナの銀色の鎧にふわりととどまる。
「ナンナは絵になる」
それはアレスにかけた言葉よりも純粋な賞賛だった。
「それを、使うなよ」
アレスが咎めるように言う。
「もちろん、そうしたいよ」
「あいつの強さに甘えるな」
「分かってるよ」
「あいつの強はさ報われるべきもので、使われるべきものじゃない」
「そうだね」
「俺たちは見世物じゃない」
「もちろんだよ」
「俺はいいが、あいつは守れ」
アレスは言う。デルムッドはもちろんだと答えた。
大切な妹なのだ。そして妹の恋は叶わなかったが、彼女の恋した相手は妹を大切にしていることがデルムッドには頼もしい。そして妹は本当に強いなと思った。