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神保町で「遥か高み」を追いかける決心をする。

文体を変換し、皆の共感を得るのは新生活が始まる今がチャンスだ。きっとそれこそが私を「遥か高み」へと誘うものだろうと考えていた。

「一つ聞いてもいいかい?なぜ私の好感度は高止まりなのだろうか。そこには、もう一段上があるはずなんだ。君は、その答えを知っているはずなんだ。そろそろ僕と君は会わなければならない機会だと思う」

自分の好感度ほど「自分調べ」で良いものはない。自分で高いと思えば常に私は幸せである。欲を言えば、そこにほんの少しの共感が欲しいだけだ。

「会うべき機会ね。あなた神保町に行く時よ。そこに望む答えはあるかもしれないし、ないのかもしれない。いいかしら?待ち合わせは、御茶ノ水駅の水道橋口よ」

彼女は、私の好感度については一言も触れずに神保町へ私を誘った。私は、誰かのペースに合わせるのは苦手だが、どういう訳か彼女のペースに合わせるのは嫌いではなかった。誘いに乗るのも悪くはない。詰まるところ答えは神保町にあるのだろう。

JR御茶ノ水駅の水道橋口。彼女の文面には、確かにそう書いてあった。添付された写真の待ち合わせ場所についた私に待ち受けていたのは、ほんの少しの違和感だった。

JR御茶ノ水駅には、「御茶ノ水橋口と聖橋口」しか存在しない。待ち合わせ場所の「水道橋口」は、この世界には存在しないのだ。私は、早くも彼女のペースに巻き込まれている。さすがはミステリー好きの文芸部出身だ。待っている時間ですら思考させられるとは。

私は、この謎を解かなければきっと今日は彼女に出会えない。そんな予感がしていたし、それこそが私の求める物語だと思っていた。

「こんにちは。水道橋方面だから、水道橋口と書いたのよ。でも分かったでしょ?あなたは、確かにここに着いた」

すぐに自分の予感を無かったことにして、当然の顔をしながら私は彼女と出会った。最初からここにいて、私の思考を把握していたかのように登場した彼女に、私は動揺を悟られないように、右手を差し出し握手した。

「僕くらいになると、そもそも人生の入口と出口も分かりませんから」

彼女は、私の渾身の挨拶に私だけしか気付かない微笑みを一瞬だけ見せて、神保町に向けて歩き出した。

明大通りを神保町へ向かう途中に、今年全館休館になった山の上ホテルの前を通った。

川端康成、池波正太郎、松本清張、三島由紀夫など、多くの作家の常宿として知られるホテルだ。

私達の他にも「いつかは、ここに宿泊して缶詰め体験する予定」だったと言わんばかりの人達が数人いたが、看板を眺め「当面の間」というふわふわの日本語に何とか納得と救いを求めていたようだった。

「探し物が神保町だとしたら、あなたは何を探す?前に私が贈った宝の地図を覚えているかしら」

私は、言われるまでもなく予習をするタイプだ。頭の中には、宝の地図が入っている。

「その返答なら考えてきているよ。近代文学の初版復刻本だ。初版ではなく、初版を完全再現で複刻した本だ。僕は君の書いた物語を信用しているさ」

私達は山の上ホテルを後にし、明大通りの坂を下りながら駿河台下の交差点に出た。彼女は、慌てる素振りも見せずに私の問いに答えた。

「なら、お目当ては目の前よ」

彼女は何の迷いもなくお店に入っていく。私は、彼女の後ろ姿を追いかけながら、狭い店内なのに見失わないように心掛けた。

初めて入る神保町の古書店で目の前に襲ってくる作家の山と本の匂い。歴史の重さから脱け出せそうもない。どこから手を出していいかわからない。ちょっとだけ触れてみたいが触らせてくれるだろうかと、危うく妄想に耽る幸せを感じていたのだが、彼女の判断は早かった。

「あなたのお目当てはこの辺よ」

入って五秒。私は心の準備も出来ていないのに、好みのタイプの女性の前に無理矢理立たされた気分だった。どうしたらいいのか。本棚に手が出せない。

隣で彼女は、バンバン本を取り出し装丁を確認して愛でている。こういう時の女性は大胆である。そしてなぜだかカッコ良く見えてしまう。

彼女は、お目当ての本を見つけたみたいだが、何やら電話をしている。

「その部屋にあるかしら?」

どうやら、本の在庫を自分の書庫に現存するのかを旦那さんに確認しているみたいだ。ここまで、三分くらいだ。そして、即返答している旦那さんも一体なんなんだ。おそらく千冊以上は余裕であるだろう自宅の全ての本を把握しているのだろうか。

なんて夫婦だ。

私は、今まで味わったことのない新感覚に陥った。共通の好きなもので繋がっている夫婦とはこんなにも以心伝心なのか。

この日を忘れたくない私は、横光利一の「春は馬車に乗って」の復刻版を購入した。

この衝撃を横光利一の新感覚派に重ねたのだ。私はこの本を手にする度に、この夫婦の衝撃をこれでもう忘れることはない。

せっかくなので「機械」と一緒に

彼女は足早に店を出ると私にこう言った。

「買う前に他のお店にもあるのか、状態はどうなのか確認してから買うわ」

そんな方法が存在するのなら、私にも最初に教えて欲しかったと思ったが、それを察するように彼女は私に伝えた。

「それは、『買い』で正解よ」

どこまで私の心は漏れているのか知りたくなったが、次のお店はすぐ横で私はまた本の世界に没頭した。彼女は、芥川を見つけて手に入れていた。果たして何人目の芥川なのだろうか。絶対何冊もあるはずなのに。何でこの芥川を欲しくなったのか、芥川の決定打は何だったのかを聞きたくなってしまいそれに抗うことは出来なかった。

「聞かなければならないことがある。あなたに芥川はさらに必要なのかい?」

彼女は、私にだけしか聞こえない声で話した。

「私に芥川が必要かというより、芥川が私を欲したということかしらね」

彼女は、自らの手で表紙のハトロン紙を破ってしまった芥川を私に見せながら答えた。

こういう時の女性は大胆である。そしてなぜだかカッコ良く見えてしまう。と重ねて思わずにはいられなかった。仮に手違いで破ってしまったとしても、作家の方から欲したと言わしめる彼女は輝いていた。私は今後、作家に呼ばれる読書家になろうと考えていた。

「そろそろお昼にしようと思うけど」

尋ねる彼女に、私は先回りして答えた。

「君の物語通りに進むのなら、お昼は『キッチン南海』だろうね」

「並ぶことになるわよ」

「僕は、行列に並ぶのにはなれている」

と自分の物語を頭で思い浮かべつつ、自分の気持ち悪さに嫌気がしていた。

予想通りの行列だったが、それほど待たずに入店出来た。

私は、キッチン南海の名物で誰しもが欲する人気メニューのカツカレーを食べる事にした。

「今日は、カツカレーを食べないのかい?」

私は、彼女が何度も来ているのを知っていたので違うメニューに進んでいるのかと聞いた。

「食べたことないの」

「えっ?」

「エビフライが好きなの」

オーケー。きっと彼女はアイドルグループのメインの子を好きになるタイプではないんだ。そのグループは好きだけど、その中でも少し支えに回っている子を支えるのが好きなんだと咄嗟に理解した。

「私が彼女の分までカツカレーを食べますから」と、私は主役を推してますとお店の人にアピールするのを忘れないようにいただいた。

食事を済ませ、予習済みの私は先回りして提案した。

「君の物語に書いてある通りなら、ランチを食べた後に書店巡りもう一巡して、お茶するのはお決まりの『さぼうる』と言っていた気がするよ」

「予習は、ありがたいけど本屋も回りたいし、少しゆっくり話したいわ。そこの喫茶店に行きましょう」

私達は、すずらん通り(別名吉穂みらい通り)を渡り近くの喫茶店に入った。

「少し、お話しを聞かせてもらおうかしら」

彼女は、私の悩みを聞いてくれる様子だった。

「僕の好感度についてですね」

「いや、違う」

まさか違うと言われると思ってもいなかったので、本当のことしか言えなかった。

「あなたの物語みたいに、人が読んでいてここが気になるとか手の届かないところまで深く入る文章にしたいんです。書きたいけど書けないんです」

私は、この日はじめて本当のことを話した。彼女は、私の話を真剣に聞きこう言った。

「あなたには書けない。そしてそれを書く必要がない。なぜなら───。」

喫茶店の会合は、左脳や右脳にまで及んだのだが、ここで記すことでもない。喫茶店に少しだけいる予定が、楽しすぎて三時間が過ぎてしまった。予定があるという彼女とお酒が呑みたかったのだが一緒に来た道を帰った。

「あなた、今日のこと書いてみたら?あなたが書く神保町に興味がある。書いたらきっとあなたの答えが分かるわよ」

唐突の誘いを断る理由なんて持ち合わせてもいないし、私は女性からの誘いを断ったことなんか今まで一度もなかった。

「『遥か高み』を目指したらこうなったと書きますよ」

「出口が見つかることを願うわ」

帰りの電車内で「最初の店で本を買うのを忘れてた」と言ってきた。突然のギャップ萌えに、私はこの日、唯一『遥か高み』から、タカミハルカを見つけた気がした。

なんのはなしですか


参考引用記事

『注意書き』
最初は私も憧れから、上記記事の模倣をしてみる予定でした。同じ記事を目指したのです。ですが、私の文体は勝手に跳び始め勝手に進みました。私の記事はフィクションかノンフィクションかの言及はしません。一つだけ言えるのは、この記事がくれぐれもハルカさんに見つからない事だけを祈っています。この物語のタカミハルカと実在するタカミハルカが、一致するのかは知りません。疑問はご本人に直接お願いいたします。ただ、私から見た「本当のこと」であり、これは私が描きたい表現の一つだとハッキリ言えます。

 タカミ氏への懺悔の手紙

これまでのタカミハルカシリーズ



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