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僕達の矜持は翻弄される推し活。~中年の楽しみ方編~

お正月が明けると決まって僕達は、昨年めでたく社長になったばかりの男、ポップの仕事を手伝う。それは、顔見せだったり近況報告だったり、お互いのプライドをかけた推しの女子の話しだったりする。

高校時代からの同級生である僕達は、もう、40を越えた中年の集まりである。それを踏まえてこれから紡ぐ話しを心して聞いて欲しい。

たまたま三人写っていた某中年の写真。昨年。
写真左から、チャン。ポップ。そして文学中年。

毎年行われるその儀式は、どれだけ歳を重ねようとも全く実りのない話しなのだが、誰がどう攻めていくかで、その日の話の流れが変化する。

今年は、作業中少し休憩が近くなるタイミングで僕から先手を打った。

「なぁ、今年に入っていきなり後悔したことがあるんだ」

僕はそっとため息をつくように話し掛けた。
2人はその始まりを予期していたかのように作業を止めずに話の続きを促した。

「この間、キレイな女性と仕事で一緒になった。俺が大体キレイな女性と一緒になるのは知ってるだろ。今回もそうだった。その女性は俺達と同世代でどこか陰を隠す陽気さだったんだ。俺はどこかでそれを察知していたが、気付かないフリをしたんだ。彼女は彼女でそれに気付かないフリをして仕掛けてきたんだ」

2人は少し作業のスピードを遅くして、僕に続きを早くしろと視線を送った。

「彼女は、俺に住んでる場所を聞いた後、最近引っ越した事を告げ、唐突に俺にこう言ったんだ。
なんかね。東京はもういいかなって』な。俺はあまりに自然に発せられるそのセリフにドラマみたいだ‼️って心でツッコんだのに実際に返したセリフが、『はぁ、なんとなく分かります』って自分でもビックリな無関心の返事に、自分の人生に一生ドラマは起きない事を悟ったよ。もっと洒落た返事をしていれば、ドラマは続いていたかも知れないよ」

と、後悔を告げた。

話しを聞いていたポップは、頷きながら少し大きめの声で上ずりながら答えた。

「答えに正解はないけど、『なにかありました?』って聞く姿勢を見せていれば『なにか起きたね』少なくとも俺なら何かを起こしている」

ポップは、スマートに出来る事を告げながら続けてこう囁き始めた。

「今まで内緒にしてたけど、六本木のお姉さんとかれこれ一年くらいLINEしてる。今度飲むかも知れない。もしかしたらプライベートで」

僕は、ポップのもしかしたらプライベートという、レベルの高い告白に動揺してはならないと、ツッコミしたい気持ちを押さえて冷静に返した。

「答えに正解はないけど、『なにかありました?』って聞く姿勢を見せていれば『なにか起きたね』少なくとも俺なら何かを起こしている」と重ねた。

それを聞いていたチャンが答える。

「まあ、お前らの言いたい事はなんとなく分かるが、ここまでの会話で何一つ、起きていないけどな。要するに、世の中は搾取する側とされる側に分類される。俺達は圧倒的後者だろ。いつも元気をもらってる方だろ。女性に」

滅多に口を開かない男が述べるそれは、確信以外のなにものでもない。僕は次第に本題に入る。

「俺、Twitter始めたんだよ。今までのSNSで一番やりやすい。しかしながら早くも心が翻弄されている。文学中年の知的なアカウントを目指していたがそれは無理だったといきなり挫折した」

完全に休憩モードに入った2人はコーヒーを手にし、僕の話を聞き入った。

「いいか。俺のオススメにトラック女子のアカウントが流れて来たんだ。俺は無意識だ。本当に無意識に秒でフォローした。もちろん可愛いし、毎日癒しをもらっている。そのツイートを見るのが楽しみになっている」

ポップは、飲めないコーヒーを買った事を後悔しながら呟く。

「それのどこが挫折なんだ?」

僕は極めて冷静に分析した結果を2人に伝えた。

「つまり、問題は『なぜ読書アカウントの俺のアカウントにピンポイントで、トラック女子が好きな俺の好みを言い当てられたか』ってことなんだ。検索や、それっぽい性癖など一つも入れてないんだ。そしてそれは、一瞬で俺を世に言う、発信者ではなく応援する方に回させたんだ」

チャンが冷静に答える。

「つまり、お前は搾取される側ってSNSじゃ認識されてるって事だな。お前は現状どうなってる?可愛い子を見つけた。毎日癒しを貰ってる。さらに他にもまた見つけた。だけどその子はまだフォロワーも少ない。皆にバレて欲しくないからリアクションは入れないようにしてるって目を輝かせながら語ってるぞ。Twitter無しじゃ生きられないまで来てる。その結果どうなったか分かるか?」

僕は、チャンの答えを待った。

「俺もTwitterを始めるって事だ」

僕はチャンの勇気に感服しながら、搾取されるのも悪くないって思っていた。話が一段落ついた頃にポップが喋りだした。

「お前の話を聞いて思い出した。藤沢に移転した女の子の店に年明け飲みに行ったんだ。その子は俺を見るなり昔話を始めた。『昔、律儀にしばらくお店行けませんて連絡くれたよね。そんな長文入れてくる人いないからずっと覚えてた』ってな。その結果幸せが溢れて新しいボトルを入れたよ」

僕の話しのどこでその話を思い出したのか全くわからないが、ポップは続けた。

「詰まるところ俺達は、この先どれだけ好きな子を見つけられるかが勝負じゃないのか」

こいつはたまに哲学めいた事を喋る。妙に自信に溢れたその台詞は僕達をまた新しい世界へ連れ出す。

「それを踏まえて俺の取って置きの推しを発表する。KTちゃんだ」

ポップは、女子高生ラッパーのKTちゃんを俺達に紹介した。何でも、フリースタイルバトルに参加している女子高生ラッパーらしいがとにかく、可愛くて頑張ってる姿が応援したくなり全てのSNSメディアでの情報を集めているらしい。

「見て欲しいんだ。お前らにも」

僕達は、ポップに促されるまま昼休憩の車内で昼寝時間をカットされKTちゃんのバトルを何度も見せられた。

そこに映っていたのは、誰にディスられようとも懸命にリズムを刻みながら戦い宣伝する女性の姿だった。一生懸命に説明するポップの情報は何にも頭に入らないが、その映像に残る姿には素直に凄いなぁと思わせる何かがあった。

チャンが問いただした。

「なぁ、このLJKって何の略なんだ?」
 
ポップが答える。

「ラスト女子高生だと思う」

僕が答える。

「つまり高3か。ということはこの3月の大会が本当のLJKなんじゃないのか」

ポップが答える。

「例えそうだとしても、俺にとっては永遠のLJKだ。それが搾取される側の矜持だろ。彼女の活動は多岐に渡る、YouTube、Instagram、Twitter、そしてTikTokだ。つまり、何が言いたいか分かるか?」

彼に導かれるまま、僕とチャンが出した答えは一つだけだった。

「俺達もTikTokを始めるということだ」

なんのはなしですか

就職氷河期、失われた世代と言われた僕達は実は一番楽しく時代を味わい搾取され、それなりに生きている。

来週も、再来週もこいつらと会う。

noteには知的な同年代が多くいる。普段こんな話ししかしていない僕は、ここに居て書くことに疑問もあるが、搾取される側としての矜持を持って書き続けようとも思う。

KTちゃんはこちらになります。
我々応援します。

連載コラム「木の子のこの子」vol.20
著コニシ 木の子(推しと押し)


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