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道徳アプリの道標

「今日から、善行を入力するんだ」

夏休みが終わり、帰って来た小学校三年の息子が机に座りタブレットを覗いている。

「善行?何を言っているんだい?」

私は、息子が何を言っているのか全く把握していなかった。

「道徳の授業で始まったんだ。このアプリだよ」

息子は、タブレットに表示される駄洒落にもなりきらないそのアプリ「善行の全工程」を私に見せてきた。

「お父さん。今日行った僕の善い行いをここに登録するんだ。僕が善い事をしたらその善行ポイントが毎日溜まる。それをクラス皆で共有して全国で一番善いクラスを創るんだ」

息子は、与えられた課題に使命を帯びた目で状況を説明してきた。

「僕が今日した善行は、学校のお花の水やりと、給食を残さず食べただ」

入力している息子に、画面上でそれぞれ10ptずつ善行ポイントが加算されていた。善い行いは、自分で入力しないといけないもので、項目チェック式ではない。私は、その日少しの違和感を感じていたがそれは掬い取るまでもいかない微妙な違和感だったのでそのまま話を進めた。

「善いクラスになるといいな」

私は大して真剣に向き合う訳でもなく、教育も日々変化していて、道徳にもアプリなどを使うのかと納得してその場を取り繕った。

一ヶ月もすると、息子が私に報告をしてきた。

「お父さん。うちのクラス善行で全国5位だった。皆毎日、善い行いしているんだ。すごいでしょ。でも本当は、もっと上にいけたんだ。嘘付いて善行書いた子がいてさ。すごく頑張ってる子だったのに。それがバレて減点されたんだ」

私は、違和感の原因を息子に尋ねた。

「なぁ、どうして嘘ついたってバレたんだ?誰も何をしていたのかなんて分からないだろ?」

息子は、何の疑いもなしに私に目を向ける。

「お父さん。このアプリは、カメラと連動してるんだ。皆この名札に位置情報と一緒に記録されるようになってる。嘘つけないんだよ。だから善行を見つけるのにも大変なんだ。善行だって毎日考えるの大変なんだ」

「なぁ、皆どこで何をしてるのかわかるのか?」

「当たり前じゃん。そもそも嘘つけないように善い行いだけをするんだ」

もっと早く気付くべきだった。私は急いで妻に説明し、学校に問い合わせた。

「こんな監視しながら行うなんてプライバシーも何もないじゃないですか?どういうつもりなのですか?」

担任の先生は、人を説得するのに充分の間を、また人が苛立つ寸前の間合いで絶妙に私の問いに穏やかに答える。

「お父様が仰ることはよく理解できます。監視と取られてしまうのもある程度は仕方ありません。しかし、私共は善い事を行える子を育てるという方針に沿って行っております。この善行の全工程により、生徒達は自分達の力で善い行いとはなにかを実践しております。毎日悩み、善い事とは何かを考えております。それを監視と言われますか?」

「それは、論点のすり替えではないでしょうか?」

私は、怒りの感情を抑えつつ冷静に反論した。

「私は、善い行いを考えるという教育には賛成です。しかし行動を監視して嘘を暴くようなやり方は人を信用出来なくなる。嘘をついてしまった子は、逃げ場そのものがなくなる違いますか?」

「お父様。とても良い所にお気付きになられましたね。世の中に嘘というものが存在するから善い行いが正当化されます。今後の事をお話しするのは方針に逆らう事になりますが、特別にお教えします」

先生は、タブレットを開きそこに書いてあるシナリオを私に見せた。

「息子さん。何て言っておられました?息子さんの記録辿れば分かるのですが、すごく頑張ってる子と仰ってませんでしたか?それはある意味正解です。その子はこのあと皆から責められます。嘘をついてしまったからですね。それが原因で仲間外れにされます。それを見ていたお父様の息子さんが、その子を救います。そして、その子は他の生徒の前で謝罪します。もう嘘はつかない。ごめんなさい。とです」

突然の報告に冷静を装う事で精一杯の私は、再び聞き返す事しか出来なかった。

「何のためにですか」

「全国一位になるためです。善行の一番のポイントは仲間外れの友人を救うことですから」

「そんな事して傷付くのは、その子じゃないですか。一体何を考えているんですか」

「息子さん。何て言ってました?すごく頑張ってる子と言ってましたよね。その子は個人で物凄く頑張ってるんです。そういう優秀な善行の子には、進んで信頼を失ってからの回復というプランが存在するのです。つまり最初から成績優秀の善行の子には嘘をつく役割という課題が課されます。より善行ポイントを得るためにですね。嘘という悪行も善行となり得るのです」

穏やかに語る先生は最後こう付け足した。

「私達もとても家族思いでいらっしゃるお父様とお話し出来て良かったです」

その言葉を確認した私は、何も反論せず学校を後にし、「両親の良心」というアプリを開き今日の出来事を入力し微笑んだ。



2000字のホラーです。
そもそも創作出来ると思っていなかった。が、正しいですが自分の表現を見つけたいと日々考えている中で、創作からでも自分の表現を求められるかもしれないと思って書いてみました。人間の怖い部分は醜いかも知れませんが、ある種の純粋ではなかろうかと。

初めて書いて見ました。意見いただけたら幸いです。












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