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「シン•オジサン」 第1話

1993年。長野県のとある市の公立中学校で生徒の突然変態による大量虐殺が発生する。30年後、人間としての生活を奪われた彼らは未来を掴む為に戦い始めた。破壊的で強力な力を持つOgreと、それらを抑止する為に開発されたOathの突然変態にまつわる過去と未来を解き明かすSF小説。

あらすじ






「次のニュースです。昨夜、新宿区笹塚の雑居ビルで未成年と見られる遺体が発見された事件で、被害者の身元は都内に住む須貝弘大さんということが分かりました。須貝さんは…」

知り合いが死亡したニュースを見て安心するようになったのはいつからだろう。

佐々木達也はリプトンの紅茶をすすりながら、7時50分の報道番組を横目で見ていた。

被害者には申し訳ないが、死んでも致し方ない人相だ。その事を生前のご本人に直接お伝えできなかったことだけが悔やまれる。

ココナッツサブレを2枚齧り、紅茶で流し込む。マイルドセブンを吸ったら達也の平和な1日が始まる。

🛠

始業時間は午前8時30分。達也の自宅から職場の練馬区上石神井までは自転車でも20分、会社の車を使っても15分というところだ。

出社すると、当日の現場の確認や安全に関わる注意事項を確認し朝礼を行う。

株式会社城南電気保安工業。これが達也の職場だ。都内の電気配線の点検や、施設の変圧器などの維持管理を行っている。

まともに高校など行っていない達也は、職業訓練と独学で電気関連の資格を取り、今では係長を勤めるまでになった。勤続年数は社内でも5番目に長い。

なぜ電気だったのかは達也自身もよく分かっていない。人間が本当の暗闇に包まれた時に必要なのは、優しさと寛容のある他人と電気だということは身をもって知っていた。

🪛

仕事は単調だがやり甲斐を感じる。
日本の電気システムは極めて精巧で、故障やトラブルが少ない。変換効率が悪いとしても安全性と安定供給が守られるとすれば安い投資だ。ささやかな安全こそが達也が至上としている幸せの形だった。

予定の現場を終えて事務所に戻ると、岡山圭吾がスマホをいじりながら事務所で待っていた。

「お疲れ様でーす。佐々木さんもうすぐ給料日じゃないですか。前祝で飯でも行きましょうよ。」

「給料日はお前も一緒だろうが。」

岡山圭吾は達也の幼馴染だ。達也の3つ年下なので今年で39になる。
電気にも仕事にもさほど熱はないようだが、達也がやっているからという理由で同じ電気工事士の資格を取り、同じ会社に入った。

40前後の中年男たちが仲良くつるんでいるのは、セクシャルマイノリティではない。兄弟であり家族だからだ。ある意味では本物の家族よりも明確な役割と絆で結ばれている。

🫖

結局、昨夜は給料日前で金欠だった圭吾に晩飯を奢らされただけだった。
月の半ばに圭吾が達也に声をかけてくる理由は大概それが目的だ。

いい年をしてプラモデルやらジオラマに散財しているのは多めに見るとしても、生活費の管理くらいはいい加減に出来るようになってほしいと達也は常々思っている。

いつものようにココナッツサブレを2枚齧り、紅茶で流し込むと達也は仕事へ向かった。

今日の現場は集合住宅の配電設備の点検だ。
チームの高橋さんと屋外のキュービクルを点検した後に異常が疑われる部屋の配電を確認していく。

屋外キュービクルの動作は異常なし。経年劣化による漏電の危険性もなかった。マンションの管理会社から伝えられた、問題の疑いがある部屋を点検していった。

「こういうのって、素人じゃ分かんないだよなぁ。お兄さんはこの仕事長いの?」

暇を持て余した住人に優しく対応することも大事な職務の一つだ。

「20年近くになりますねぇ。私もまだまだ修行が必要ですね。」

「若いのに大したもんだねー。生まれは東京かい?」

「山梨です。」

出身を聞かれたら山梨県と答えている。実際に戸籍上もそうなっているのだから嘘ではない。

本当の出身地は地図から名前が消えている。


ちょっとした事件が起こったのは、それから3日後のことだった。

達也と圭吾が集合住宅での点検を終えて会社へ戻ろうとした時、敷地内で何やら物騒な動きをしている集団がいた。

よく見ると、3人の男たちが小さい子供を連れた夫婦に向かって声を荒げている。

達也と圭吾が家族を保護するべく集団に接触する。

3人の男たちは堅気の仕事をしている風ではなく、酒か薬かいずれかを服用しているようで呂律が回っていない。

聞けば4歳になる男の子がチンピラの自慢の車にシェイクをこぼしたことに腹を立てているらしい。

「ぶざけんなよおい!こらっ!」

「どう責任取るんだ!あ゛ぁ゛!?」

チンピラが父親の髪を掴む。

「ちょいちょいちょい。落ち着きましょうよ。子供のやったことですし、シェイクなら水洗いで十分落ちるでしょう?」

圭吾が宥めにかかるが、チンピラたちに聞く気はないようだ。

「ごちゃごちゃうるせぇぞ。お前の脳ミソぶちまけてシェイクにしてやろうか!?」

そう言うと男は、圭吾の胸倉を掴んで平手打ちを見舞った。激しく頭が揺れ、圭吾が下を向く。続けざまに膝蹴りと正拳突きが見事に決まった。

母親は恐怖のあまり悲鳴を上げる寸前だった。達也が小さくため息をついて「あ、お母さん大丈夫ですから。」と声をかけた。

「こんなんじゃ中学生にも勝てないですよー。」

圭吾に目立った外傷はない。チンピラは少し困惑しているようだった。

「喧嘩でヤクザに勝てる中学生がどこにいんだ…よっ!!」

チンピラは前蹴りを繰り出したが、圭吾の体は動いていない。

「うちの中学だったら、余裕だけどなぁ。ね、佐々木先輩?」

「ん?うん。」

そんな話をしていると、チンピラの1人が妙に怯えた様子でその場から後ずさりし始めた。

「ま…まさか…改村中の生き残り…?」

「おいおい!何だよ改村中って!ただの中学だろうが!!」

「ひぃいいいっ!許してくださいっ!」

怯えたチンピラは仲間の静止を振り切り、全速力で敷地の外へ逃げていった。他のチンピラも意味が分からないと言った様子でその場を立ち去る。

「災難でしたねぇ。坊やに怪我はなかったですか?」

圭吾が声をかけると、父親が地面に額をつけて体を震わせていた。

「お願いします!お礼はいくらでもさせて頂きます!見逃してください!!命だけは…助けて下さい!!」

「あなた?この方たちは電気工事の人よ?」

夫がなぜ怯えているのか妻には理解出来ない様子だった。

「お父さん、我々はただの電気設備屋ですので、危害も加えませんし、お礼も頂きませんのでね。ね?頭を上げてください。ね?お疲れでしょうから、シャワーでも浴びてお部屋でゆっくりしてください。」

達也が牧師のような語り口調で落ち着かせ、ようやく父親の震えは止まった。


ひと悶着を終えて会社へ戻る車内。

「悪かったよ。たっちゃん…」

「何のために戸籍まで作り変えてもらったと思ってんだよ。どこからか俺たちの存在が知られてしまったら、ユウ君や洋子さんだって危険なんだからな。二度と改村の名前を口に出すなよ。」



ヤクザが怯える「改村中学校」とは!?
電気設備工事業者の達也と圭吾の正体とは!?
Part2へ続く!!


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