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「シン・オジサン」 第2話

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長野県改村市は人口6万人弱の田舎の小さな市だった。

冬には豪雪が街を覆ったが、それでも静かで平和に暮らしていた。自然減少以外の死傷事故と言えば、きのこ狩りに行って遭難するとか、マムシに咬まれるとかその程度だった。

佐々木達也も岡山圭吾も改村市の郊外で生まれ育った。
郊外と言っても小さな集落のようなもので、200世帯ほどがそこで生活し、子供達はみんな同じ保育所で、同じ小学校に通った。

改村市立三奈本小学校は全校生徒が30人程度。1年生から6年生まで全員が幼馴染で、遊ぶ時には学年の垣根は無かった。

学校帰りには「かじわら商店」という駄菓子屋にみんなで集まって遊んだ。

かじわら商店の店主は「梶原のじいさん」と呼ばれていて、駄菓子以外にも自転車を直してくれたり、空手やプラモデルの作り方を教えてくれた。

梶原のじいさんには洋子さんという娘がいて、一緒に子供達と遊んでくれた。男の子も女の子も梶原のじいさんと洋子さんが大好きだった。


🍻

「カンパーイ。」

「はいー。お疲れっすー。」

達也と圭吾は、錦糸町の居酒屋で三奈本小学校の先輩である、ターチ君と島ちゃん先輩に再会した。

達也から見てターチ君は1つ年上なので43歳、島ちゃん先輩は2つ年上なので44歳になる。

三奈本小の先輩の中でも、この二人は特に下の子たちの面倒見が良く、赤ん坊でも聞かん坊でもたちまちに懐いた。

島ちゃん先輩の娘さんは来年成人式らしい。時間が経つのは早いものだ。

しかし、今日は思い出話をしに集まったわけではない。

「早速で申し訳ないんですけど、先週の…笹塚で死んだ須貝は野球部の須貝弘大で間違いないんですか?」

達也がビールのグラスを置いて話し始めた。

「間違いなさそうだね。」

ターチ君が遠くを見つめながら答えた。

(ターチ君の本名は堀篭太一だが、小さい頃、自分の名前をターチとしか言えなかったことからターチ君と呼ばれるようになった。)

「なぜ今になって須貝1人が殺られるんだろう。内部で争いが起こったか…」

達也が自問する。

「ナノマシンの異常が妥当な線だろうな。内部で争いがあったとて、須貝が1人で逃げ切れないことはないだろう。」

島ちゃん先輩が落ち着いた口調で答えた。

「こっちが殺られてるわけじゃないんだし、向こうが勝手に内輪揉めしてるだけなら問題ないんじゃないの?」

圭吾がフライドポテトを貪りながら軽い調子で話す。

「今は問題なくても、何かの予兆ってこともあるだろ。」

達也がフライドポテトを貪りながら話す。

「まぁまぁ。洋子さんからの通達もないし、今は下手に動かない方がいいってことだよ。」

ターチ君が2人を諭すように言った。

「ところで達也は今年も彼女はできないのか?」

島ちゃん先輩がニヤニヤして話しかけた。

「ええ。相変わらずでございます。お構いなく。」

「島ちゃん先輩。たっちゃんには俺がついてるから大丈夫だよ。」

圭吾が唐揚げを貪りながら言った。

📢

それから約2週間、今回の事態に新たな展開はなかった。

達也と圭吾はニュースや周りの変化を気にしながらもいつも通り生活を続けた。

「みんな改村の奴らにビビり過ぎなんじゃない?あれから30年近く経っているわけだし、俺たちと違って定期的にメンテナンスをしてるわけじゃないなら当時よりも弱くなってるはずだよ。」

圭吾が会社の車を運転しながら圭吾に話しかけた。

「それが分かったらビビらないよ。お前の言う通り、あいつらは俺たちとは違う。根本的に仕様が違うんだ。メンテナンスしたって軽自動車とF1は違う車なんだ。」

助手席に座っている達也がスマートフォンを見ながら答えた。

その直後、達也のスマートフォンに洋子から着信があった。

「もしもし、達也です。はい、大丈夫です。圭吾も一緒です。」

圭吾は電話の内容を聞き取れたわけではなかったが、洋子が電話をしてくるということは緊急事態であることは間違いない。

「状況は詳しく分からないが、緊急事態だ。大井町で降ろしてくれ。圭吾は会社に車を戻して、俺の車で現場に来てくれ。場所はスマホに送る。」

「わかった。何があったの?」

圭吾はスピードを上げて前を向いたままだった。

「遥人が何者かに誘拐された。」

「遥人って、島ちゃん先輩の…。」

それから2人は言葉を交わすことなく、目的地まで向かった。


🏭

犯人が指定して来た場所は大井ふ頭近くの物流倉庫だった。

見たところ、そこまで老朽化した倉庫ではなく、築20年といったところだ。


達也が現場につくと、島ちゃん先輩とターチ君がいた。

「どんな状況ですか?」

「遥人は中で気絶してる。目立った外傷はないが分からない。」

島ちゃん先輩が苛立ちを隠せない様子で答えた。

島貫遥人は島ちゃん先輩の長男で高校1年生だ。
学校から遥人が登校していないとの連絡がきた1時間後、島ちゃん先輩に犯人から連絡があった。

《久しぶりに話がしたいと思ってさ。つもる話もたくさんあるだろ?息子を返して欲しければ金を用意して1人で来いとか、ドラマみたいなことは言わないよ。くそバスケ部全員で来てもらってもいいんだぜ?みんなで同窓会でもしようよ。場所は…》

「名乗りはしなかったが、あの声は加藤だった。」

島ちゃん先輩は拳を握りしめた。

「島ちゃん先輩。あいつらの狙いは分からないけど、俺たちや遥人を殺してもメリットはない。要求を確認したら遥人の安全確保を最優先して、全員で逃げる。いいね?いまノブもこっちに向かってる。」

ターチ君が島ちゃん先輩をなだめた。

タタンッという何かを叩くような音が聞こえた。

「待たせたな。ターチ、どう動く?」

西原ノブは達也の一つ上の先輩だ。おとなしい性格で普段は控えめだが、愚直で、バスケ部時代もずんぐりむっくりの体型にも関わらず、ひたすら走っていた。30年経ったいまも体型と性格は変わっていない。

島ちゃん先輩が精神的に不安定なことを察してターチ君に作戦を聞いたのだった。

「まずは遥人の安全確保だ。島ちゃん先輩は遥人の拘束を解除して身柄を確保する。島ちゃん先輩の護衛は俺と達也でやる。ノブは逃げる時のルートを守って出口まであいつらを蹴散らしてくれ。開放65%の承認までは取ってある。」

「了解。」

4人はそれぞれのポジションを確認した。

「あと5分程で圭吾が着きます。逃走ルートのバックアップと救急治療に備えて近くで待機させます。」

達也が腕に装着した機器のモニターを見ながら情報を周知する。

島ちゃん先輩が一度、深く呼吸をした。

「ありがとう達也。行こう。」

🎒

倉庫の入り口は鍵がかかっていなかった。

前面の搬入口も光が漏れており、施錠されている様子はない。

倉庫の内部はハロゲンランプで明るく照らされており、棚やパレットが設置されていたが、端まで全体を見渡すことができた。

達也たちが入った入口から反対側、倉庫の端に樹脂製のくつわを装着され、両手足を結束バンドでしばられた状態の遥人がいた。息はしているようだ。

「出てこい加藤。話をしよう。」

島ちゃん先輩が倉庫全体に聞こえるように声を発した。

ツカツカと音を立てて、棚の後ろから背の低い男が現れ、遥人の横に立った。

高級ブランドらしきスーツを着て髪を七三で撫でつけているが、顔は15歳か16歳だ。

「久しぶり~島貫ぃ~。2組の仲間に会えるなんて嬉しいね〜。なんだよ付き添いは西原と堀篭と1年かよ。なめられたもんだね~。」

加藤はヘラヘラと笑いながら話かけた。

「俺も会えて嬉しいよ。と言いたいところだが、明日も仕事なんで息子を連れて家に帰りたい。まずは話を聞こう。」

島ちゃん先輩は冷静を装っていた。

「大人になるといろんな事情があるんだな〜。でもな、こっちにもいろんな事情があってな〜。」

加藤の目の奥に硬い光が宿っていた。



謎の中学生、加藤は島ちゃん先輩の同級生!?
達也たちは遥人を無事に救出することができるのか!?
伝説の改村中学校の秘密が次回明らかに!!

第3話へ続く!!


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