「シン・オジサン」 第8話
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「洋子さん、どういう事ですか!」
佐々木達也は岡山圭吾と秋津にある梶原洋子のマンションを訪れていた。
「どうやったのか知りませんけど、圭吾に発動システムを与えるなんてどういうつもりですか!」
激昂する達也を目の前にして、洋子はしばらく黙ったままだった。まるでこうなることを予想していたかのような素振りだった。
「達也、落ち着きなさい。圭吾自身を守る上でも、私たちを守る上でも必要な事だったの。」
「たしかに発動する事で圭吾は戦力になるかも知れない。でも、それは圭吾が狙われる対象になるという事でもあるんですよ?」
達也は洋子の顔を覗き込むように質問を続けた。
「本人が望んでも、圭吾にOG3は付与しないでくれってお願いしたじゃないですか。なのにどうして…」
達也は自分が作ったものを目の前で壊された子供のように顔を伏せた。
「状況が変わった。と言っても納得できなわよね。彼らは、オーガは増殖しようとしている。そして、そのヒントを私たちから奪い取ろうとしている。Oathのナノマシンを持つ圭吾はいずれにしても彼らに狙われる事になる。」
達也は洋子の説明で少しだけ状況を理解し顔を上げた。
「でも、どうやって?1993年当時、圭吾はまだ小学5年生だ。ナノマシンの蓄積は圧倒的に足りませんよね?それに発動にはテストステロンの分泌量が関係しているんじゃなかったですか?」
「オーガの場合はね。あなた達の場合はある程度コントロールできるように、そのあたりは自由設計になっているの。その気になれば小学4年生から発動させる事だって可能だった。」
洋子は紅茶を飲みながら達也を見た。
その時、洋子のスマートフォンに着信があった。
達也と圭吾は穏やかではない事態を感じ取った。
「オーガが現れた。場所は小平。」
洋子は目の前の空間を見つめている。
「小平って…ユウ君…!!」
達也と圭吾は洋子のマンションを飛び出し、小平へ向かった。
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1982年。
梶原謙三が長野にあるBroccoRangaの研究施設に来てから4年が経とうとしていた。
「日本の学校ではランチタイムにアイスミルクが支給されるというのは本当か?」
マーク・ダイセロスは施設の所長となり、健三はTeamOgreのリーダーになっていた。プロジェクトは次の段階へと移行しつつあった。
「ええ。200㎖の瓶か、紙パックで支給されるのが一般的です。」
健三は答えながら、嫌な予感が脳裏をよぎるのを感じた。
「それは良い制度だな。ミルクなら栄養価も高い。味の変化も感じにくいだろう。この街のミルクは瓶かな、パックかな?」
ダイセロスは考え事をするような素振りをしているが、日本の学校給食に牛乳が配給されている事は知っているのだろう。これは相談ではなく決定事項だと健三は思った。
「牛乳に何か混入させるおつもりですか?」
「ナノマシンだよ。我々のナノマシンは治験者の成長に合せて投与する必要があるからね。毎日の食事が丈夫な体づくりの基本さ。」
恐れていた事が徐々に現実となっていく。
「どうかしてる…。科学者としてではなく、人間としての私の倫理を逸脱している…!この街の子供たちが何をしたというのだマーク!臨床の実験は南米の研究所で行っているのでしょう?何故この街に実装する必要がある?!」
健三は堰を切ったようにダイセロスに迫った。
「我々は世界を救うというミッションを課せられているのだよ。健三ももっと広い視野を持つべきだ。」
健三は間違ってるのは自分なのだと思おうとした。しかし、握った拳をほどく事は出来なかった。
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0時を過ぎた頃、健三のデスクの電話が鳴った。
出てみると、昨年までBroccoRangaで研究の物資の手配や検体の輸送を取り仕切っていたコーディネーターのアレックス・クォンだった。
「やはりいたのか。時間がないから手短に話す。5日後、その施設をナノマシンと実験体ごと破壊する。それまでに必要なデータとAntiのナノマシンをまとめておいてくれ。」
健三はクォンの言う事が理解できずにいた。
「待ってくれアレックス。状況が分からない。なぜ君がこの施設を破壊する?なぜ私にそれを教えてくれるんだ?」
「健三。私は今、国連管轄の反政府組織にいる。もちろん活動は公になっていない。BroccoRangaはアメリカ政府と蜜月の関係にある。君がしている研究はアメリカの軍事利用の為だ。そんな事は言わなくても解っていると思うがね。君たちの研究しているナノマシンと発動装置が世に放たれれば、世界の主要都市が焦土と化すだけでなく、生命のモラルそのものが瓦解する。ここまでは分かるね?」
頭では分かってはいたが、改めて他人の口から聞くとそれがいかに危機的な事なのかが分かった。
「私はこのプロジェクトが始まる前からBroccoRangaをマークしていたんだ。世界の終末を回避する為にね。君もそうだろ健三?だから所長と本社の反対を押し切ってまで抑止力となるOathを研究していたんだろう?」
「君の言う通りだアレックス。しかし、いま研究所を失ってはOathまで失う事になってしまう。」
健三は葛藤していた。
「心配には及ばない。Oathの研究設備はこちらで用意する。既にBroccoRangaは火をつけた。火は高速で導火線を走っている。それらを止められるのは我々だけだ。」
健三はその日のうちにCD-Rとフロッピーディスクに研究データをバックアップした。後日、クォンから磁気の感知センサを遮断する特殊な布が送られ、研究所からデータを持ち出す事に成功した。
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クォンの予告通り5日後に、研究施設は内部に仕掛けらた複数の小型爆弾と国籍不明の戦闘機によるミサイル攻撃によって破壊された。
翌日の新聞には「外資系工場で化学物質が爆破」と掲載された。
破壊されたのは、BroccoRangaの一部であり、プロジェクトは全世界の研究所で情報が共有され進行している。
火は導火線を高速で走っている。最初に引火する先はこの街だ。
梶原健三はクォンの反政府組織と合流しこの街で研究を続けた。爆弾を破壊する爆弾を作る為に。
佐々木達也が2歳の頃の話である。
オーガが小平に現れた理由は⁉
達也たちの数奇な運命は生まれる前から始まっていた!!
巨大な組織の計画を断ち切る事はできるのか⁉
第9話に続く!!
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