見出し画像

「シン・オジサン」 第6話

💊

1978年。

梶原健三は東京駅近くの喫茶店で、浮かない表情でコーヒーを飲んでいた。

大学では生物の運動と電気信号を専攻し博士号を取った。世界有数の製薬会社であるBroccoRangaの研究員として5年ほどアメリカで過ごした。

東京に戻り、日本法人の研究チームのリーダーとして成果を上げてきた。
なのに、突然の転勤。しかも赴任先は長野県ときた。

自分はスギ花粉の研究をするためにBroccoRangaに来たわけではない。そんな不満が健三の頭から離れない。

研究成果は十分に出してきたはずだ。自分に何の落ち度があったのか。考えてみても分からない。

妻と中学生になる娘がいる。サラリーマン研究者の身としては、背に腹は代えられない。

健三は小さくため息をついて長野行きの電車のホームへ向かった。

長野県改村市は見渡す限り山だった。横浜出身の健三は長野の自然の偉大さに気を失うところだった。

こんな山奥で一体何の研究をしろというのか。健三の疑念は深まる一方だ。

そういえば、長野に転勤する辞令は出たが、役職も研究テーマも知らされていなかった。10年以上がんばってきたのに、早くも閑職に追い込まれたのだと落胆した。

会社からの指示書を元に改村市内の施設にタクシーで向かう。市街地からずいぶん離れた場所にある。

一部分だけ山林が削り取られたような場所に白い長方形の建物が小ぢんまりと佇んでいた。入口で名前を告げると「Doctor.KenzoKajiwara」と印字されたIDカードを渡された。当時、IDカードによる入館管理システムはBroccoRangaの本社でも導入されていなかった。

受付の女性が「ご案内します。」と無機質な声で通された場所は20帖ほどのミーティングルームだった。

しばらくすると、ミーティングルームの入り口が開き、大柄な白人男性2人と日本人の男女が入ってきた。白衣を着ているところを見ると、ここの研究者のようだ。

「ドクターカジワラ。君の成果は本社から聞いている。論文も見させてもらったよ。お会いできて嬉しい。マークだ。これから宜しく。」

白人男性の一人がにこやかに握手を求めてきた。嫌味な感じはしなかったので生返事をしながら握手に応じた。

健三は不意に握手をした相手が何者かを思い出した。

「マーク・ダイセロス…!どうして…!」

ドクター マーク・ダイセロスと言えば、神経科学や行動遺伝学の分野で権威のある賞を総なめにしている研究者だ。たしか、スタンフォード大学の教授だったはずだ。

よく見れば、他の3人も科学誌や学会の資料で見たことがある人物だ。高名な研究者がなぜ長野県にいるのか健三の頭は混乱した。

「ケンゾウ。サイエンスとファンタジーの世界へようこそ。」

白衣を着た人類の叡智たちがにこやかに笑いかけた。



🌋

1993年7月。改村中学校は血の海になっていた。

野球部の事件が発端となり、約70名の男子生徒が赤黒い鬼のような姿に変態した。変態した生徒のほとんどは3年生だったが、2年生の生徒も数名混ざっていた。

三奈本小学校出身の生徒たちはバスケ部と3年生の男子生徒の誘導で三奈本地区の公民館に避難したため事なきを得たが、改村中学校に残った生徒および教員300名以上が変態した生徒たちの襲撃により命を落とした。

悲劇はこれだけでは終わらなかった。理性を失った鬼たちは改村中を飛び出し、改村市街地でも人々を襲撃した。この事件で改村市の人口の約2%が死傷する事態となった。

三奈本地区のかじわら商店では全学年の男子生徒が集められ、梶原健三の指導の元に地区への侵入を阻止する遊撃部隊と町を守る護衛部隊に班分けされた。

達也たちも梶原のじいさんから変身の手ほどきを受ける。何がどうなっているかは分からないが、ただならぬ状況だということは分かった。変身ベルトではしゃぐ者は誰もいなかった。

全員に変身の手順を教えると梶原のじいさんは全員を見つめた後、ユウと島ちゃん先輩を近くに呼んだ。

「ユウ、和希。こんな事になって本当にすまないと思っている。お前たちが最後の希望なんだ。この街を、みんなを守るんだ。」

梶原のじいさんの目には強い光が宿っていた。

「みんなも頼んだよ。先輩のいう事を聞いてこの街を守ってくれ。危なくなったらすぐに逃げるんだ。いいね?」

三奈本の生徒たちは黙って首を縦に振った。
自分達が殺される恐怖よりも、街の人が殺される恐怖の方が勝っていた。


遊撃部隊は辰野ユウを先頭に6名が選抜された。それ以外は島ちゃん先輩をリーダーとして護衛部隊についた。

遠くで悲鳴と叫び声が聞こえた。
ぶっつけ本番だ。変身後の能力も敵の戦力も数も分からなかったが、三奈本の生徒たちはためらう事なく変身した。

「Oath Generator System Version Σ3 Start Up…」

青と銀の鬼の姿になった達也たちは、それぞれの持ち場へ移動した。

達也と高橋浩樹、ターチは市街地に近い住宅を回り小学校へ避難させた。
小学校の体育館には地域の住民と三奈本小学校の生徒たちがいた。
始めは鬼の姿をした達也たちに怯えていたが、声を聞いて三奈本の子供たちだと分かった。

悲鳴と咆哮のような大きな音が徐々に近づいてくるのが分かる。

突然、体育館上部の窓ガラスが激しく割れ、窓と反対側の壁面に何かが激しくぶつかった。

崩れた壁から青と銀の鬼がゆっくりと起き上がった。左腕の肘から先が欠損していた。

鬼は体育館の人々に被害がないことを確認すると、割れた窓の外へ飛んで行った。

「兄ちゃん…」

小学5年生の岡山圭吾が割れた窓の外を見つめていた。



改村中学校の事件はここから始まった!
突然変態の秘密が次回明らかに!
40歳を越えた達也たちに待ち受ける未来とは!

Part7に続く


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?