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「シン・オジサン」 第4話

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11月の東京は過ごしやすかった。

時折、ビル街に冷たい風が吹いたが朝晩だけ厚着をしていれば日中の日差しで暖かかった。

梶原洋子は西武池袋線の秋津駅近くのマンションの一室で、三奈本小学校の元悪ガキたちの到着を待っていた。

3か月に1回の定期メンテナンスや調査依頼で個別では合っていたが、メンバーが集合するのは数年ぶりだ。

島貫遥人の誘拐事件を受けての対策会議なので、パーティを開くわけではないのだが、洋子はせめて飲み物だけでも準備しておこうと近所のスーパーへ出かけた。

洋子はドリンクのコーナーでリンゴジュースを手に取って思わず笑ってしまう。
あの子たちはもう40歳を越えているというのに、子供が好きそうな飲み物を選ぼうとしている自分がおかしかった。

もう「かじわら商店」に遊びに来ていた子供たちではないのだ。
自分達があの子たちの人生を狂わせてしまった。駄菓子と一緒に破滅の種を与えてしまったのだと、洋子は時折そんな自責の念に駆られる。

洋子はリンゴジュースのパックを棚に戻すと、ストレートティーとコーヒーとカントリーマアムを買い物かごに入れてレジへ向かった。


📋

対策会議の出席者は全員で12名。佐々木達也、岡山圭吾、堀篭太一(ターチ君)、西原ノブ、島貫和希(島ちゃん先輩)、辰野ユウの6名は秋津の洋子のマンションに集合した。それ以外の5名はそれぞれオンラインで出席した。

「おおよその状況は和希と太一から聞いてるけど、もう一度情報共有してくれない?」

洋子が島ちゃん先輩の顔とPCの画面を交互に見ながら言った。

「じゃあ俺から。」

島ちゃん先輩が捻り出すように話し始めた。息子を誘拐された怒りと恐怖はまだ消えていないようだったが、努めて冷静に状況を説明した。

「島ちゃん先輩の報告は俺たちが見た状況と相違はありません。そうなると、やはり目的が分からない。遥人や俺たちに危害を加える気はなかったということか。」

ターチが自問するように言った。ターチは昔から自問するように状況を分析する癖がある。バスケの時もミニ四駆の時もボンバーマンの時もターチは自問するように考え込む。

「加藤と戦う中で気になったことがある。奴は変身していない状態でも変身した俺たちと同等のスピードとパワーがあった。それに誘拐の理由を『大人の事情』『生活の向上のために研究』と言っていた。」

島ちゃん先輩が目の前の空間を見つめながら言った。

「つまり、奴らは進化しているって事ですか?でも一体どうやって?」

達也も考えを口にする。

「もう一つ気になることを言っていたな。『息子を変身させてみればいいじゃん。』って。」

ターチが洋子とユウをちらっと見た。

「結局、あいつらの狙いは何なんだよ。」

圭吾が全員に質問するように口を出した。

「現時点で分かることは、彼らは私たちの知らない進化をしていて、私たちの知らない場所へ向かっているということ。そして、その為に私たちの情報を必要としている。」

洋子は紅茶を一口含んで続けた。

「彼らの狙いが何にせよ、今回のように力づくで来られたらひとたまりもないわ。戦闘に備えてヴァージョンアップできるところは早急に準備を進める。承認システムのスピードアップも必要ね。」

洋子は出席者に現状の確認を実施することを伝えて、会議の終了を告げた。



「達也。お前の車ってタバコ吸えるんだっけ?」

洋子のマンションを出た辰野ユウが気だるそうに達也に聞いてくる。

「吸えるよ。送っていきましょうか?ユウ君の家は小平だったよね?」

中学の先輩ではあるが保育園からの幼馴染なので、常識的な達也もつい友達口調になってしまう。

「ノブの車で来たんだけど禁煙だし、狭いんだよな。」

辰野ユウは長いウェーブの茶色い髪をゴムでまとめている。髭面にピアス、鋭い目つき。幼馴染でなければ絶対に話かけたくはない人相だが、無口で昔から喧嘩をしたり後輩をいじめるようなことは一切しなかった。

今は東京の小平で建築現場の足場を作る会社の代表をしている。


「ユウ君はあいつらが何をしようとしていると思う?」

圭吾が助手席から後ろを覗き込んでユウに質問した。

「分かんねぇよ。」

ユウが窓の外を眺めながら答える。

「ユウ君と島ちゃん先輩は加藤と同じクラスだったんだよね?中学の頃からあんなに嫌な奴だったの?」

圭吾がすかさず質問を浴びせる。年の離れた圭吾からすれば面倒見のいい兄貴のようなものだ。

「中学の時の事なんて覚えてねぇよ。あいつらにとっては俺らが嫌な奴らなんじゃないの。」

圭吾はふーんと納得していない様子で前方を向いた。

達也は黙って小平へ向かって車を走らせた。



🏀

1993年。佐々木達也は改村中学校の1年生になった。
今年の三奈本小学校の卒業生は男女合わせて9名。全員が改村中に入学した。

長野県改村市立改村中学校は達也たちの三奈本小学校と城花小学校が対象の学区になっている。


達也は中学生になり、バスケットボール部に入った。
三奈本地区には昔からミニバスケットチーム「シャイニング・オービス」があり、よほどの事がなければ男子も女子も全員バスケをさせられた。

チーム名の「シャイニング・オービス」の由来は当時の監督が車好きで、「高速道路のオービスが光るくらい速いバスケをするチーム」という願いが込められている。

達也は小学生ながらもダサい名前だなぁと思っていたが、チーム名の由来を聞いて愕然とした。


そのような経緯もあり、三奈本小学校の出身者はほぼ全員がバスケ部に入部する。

バスケ部=三奈本小のイメージが強かった為、城花小学校出身の生徒はバスケ部に入りたがらなかった。

あの国民的バスケットボール漫画のアニメ放映が始まる少し前の話だ。


今年のバスケ部の新入部員は4名。
三奈本小学校「シャイニング・オービス」出身の達也、高橋浩樹、岡山栄人、県外の小学校から転入してきたという武田雄二だった。


部活終わりは全員で同じ方向へ下校した。

「やっぱりバッシュはユウ君と同じのがいいなー。ジョーダン6かっこいいよなー。お前ら真似すんなよ。」

岡山栄人が新しいバッシュに胸を躍らせながら、先頭をふらふらと歩いていた。

「ねぇねぇ!兄ちゃん新しいバッシュ買うの?何買うの?俺も買っていいの!?」

栄人の弟で当時小学5年生だった圭吾もいつの間にか一緒に下校している。

「圭吾、お前は小学生なんだからジョーダンは早いんだよ。」

圭吾を諭している栄人の横に先輩たちがやって来た。

「お前も早いんだよ栄人。中学生でジョーダンを許されるのはユウ君だけなの。1年生はアシックスにしとけ。」

中学2年生のノブが栄人の頭をがしっと掴んで揺さぶる。

辰野ユウはミニバスケット時代から絶対的エースだった。

ユウが履いていたエアジョーダン6は、当時の中学生が買えるような代物ではなかった。中総体の県予選でユウのプレーを見た地元のスポーツ用品店の社長が感動しユウに提供されたものだった。

身長は高くなかったが、ドリブルのバリエーションとスピード、ボールを受ける前の動き、パスセンス。あらゆる要素が群を抜いていた。

ユウが走る時、コートとシューズのキュキュッという摩擦音が何故かほとんど聞こえなかった。

ディフェンスについた選手が気づいた時には、音もなく裏を取られ、置き去りにされた。

バスケ以外でも無口だったユウは、対戦相手からこんな渾名で呼ばれるようになった。

『サイレント・ドラゴン』。静かなる龍。


達也が改村中に入学した3か月後、ユウが一生のうちで唯一、牙をむき出しにせざるを得ない事件が起こる。

その事件以降、達也たちは新しいバッシュを履くことも、バスケをすることもなかった。


バスケに胸を躍らせる達也たちにおぞましい事件が起こる!?
洋子が蒔いた「破滅の種」とは!?
加藤率いる「彼ら」とは一体何者なのか!?

第5話に続く!!




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