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「シン・オジサン」 第5話


長保3年(西暦1001年)。

信濃国の集落で激しい戦が起こっていた。

村人と侍の死体がそこかしこに転がり、村は火の海に包まれていた。


「張り合いがないのう。頼光ぅ。後ろを気にしながらでは戦になるまいて。」

男が率いる軍勢は約200。騎馬隊はおらず、刀を帯びている者も一人もいない。朱色の甲冑のようにも見える兵の体表は赤黒い毛で覆われていた。

「何ゆえに村を襲うのだ桐生!お主らのような強者ならば名のある武将と喧嘩をすればよかろう!」

頼光は馬上から桐生兼昌に向かって吠えた。

「勘違いされては困るのう。儂らを襲ってきたのはお主らであろう。ここは儂らの国なのだ。何をしようが勝手だ。」

桐生は笑いを堪えるように手で口を覆いながら言った。


「殿。我が軍勢はほぼ壊滅。戦える者は十数名にございます。」

「光定か。怪我人を抱えて退却させよ。一塊で動かねば奴らの追撃に合う。達之介、暢吉、友之丞を護衛に就けろ。よいな?」

頼光は馬上から部下の工藤光定へ指示を出した。

「やはり人間は鬼には勝てないのでしょうか。太刀も矢も弾かれ、侍は虫のように殺されていく。」

工藤は桐生兼昌の軍勢を睨みながら絞り出すように言った。

「光定。鬼の力を使えば、鬼を屠ることが出来よう。だが、我らが鬼になった時に鬼を討つ者が必要なのだ。草木が茂り、人間や鳶や蛙の子が生まれるのならば、そこに鬼も生まれる。戦に終わりはないのだよ。」

村の家々を包む赤い炎が頼光の横顔を照らした。



🏫

「俺は島ちゃんと同じポイントゲッターが欲しいなぁー。」

高橋浩樹は空を見上げながら新しいバッシュに胸を躍らせている。

改村中学校バスケ部の佐々木達也、高橋浩樹、岡山栄人は今日も一緒に下校している。

「島ちゃんはラインが赤だけど、俺は黒がいいなー。」

中学1年の達也も中総体前の厳しい練習を、新しいバッシュと先輩への憧れで何とかついていけている。

後ろからチャリチャリーンと自転車のベルが激しく響いた。田舎の歩道は狭い。

自転車が達也たちの少し前で止まった。ユウだった。

「お前らさ。和希は部長なんだからよ。島ちゃんとかじゃなくて、先輩とかつけて呼べよ。分かったな。」

そう言い放つと、ユウは自転車で走り去っていった。

改村中は自転車通学は認められていない。



🔫

中総体前の運動部は3年生最後の大会とあって、練習は日々苛烈を極めた。

改村中学校は公立の中学校の中では運動部の成績が優秀で、どの部活も県でベスト8かベスト4には入っていた。

そのような状況にあって、部活動の指導は1993年当時の常識に照らしても行き過ぎていた。


7月のとある放課後、夕方4時を回っていたが野球部のグラウンドはうだるような暑さだった。


野球部顧問の田島が部員に檄を飛ばす。

「加藤ぉ!唐澤ぁあ!お前らなめてんのかあ!?ああ゛あ゛っ!?こんなとこでエラーしてどうすんだよぉお!」

3年の加藤、唐澤、他の部員たちも小声で「はい」と「すいません」を繰り返すばかりで反論の余地は与えられていない。

激高した田島はあろうことか金属バットで生徒たちの足を殴打し始めた。

大腿やふくらはぎを金属バットで打たれ、野球部員は次々にうずくまった。
打たれた場所が紫色に腫れあがり、痛みで意識を失いかけた部員もいた。


田島の目の前でうずくまっていた3年生の形相が変化し始めた。
最初に足を打たれた加藤と唐澤が立ち上がる。二人の目と口から血のような赤い液体が流れだしていた。

加藤と唐澤は田島を睨むように見つめているが、視線の焦点が合っていない。
すると、加藤と唐澤の後ろにいた3年生の部員、足を打たれていない部員までも目と口から血を流し始めた。

部員たちの腕や顔は血のように赤黒く変色していった。

頭部からは太く巻いた角が2本伸び出していた。


体が変異した生徒は野球部員だけではなかった。
野球部員がバットで足を打たれたほぼ同時刻にサッカー部、陸上部、卓球部、空手部、体操部の主に3年生の男子生徒が鬼のような容姿に変異していった。

変異した生徒たちはその禍々しい形相に相応しく、凶暴性が増し理性を失っていた。

腕力、脚力、その他全ての身体能力が人間のそれではなかった。
赤黒く変異した生徒たちは、目に見える周りの教員や生徒を次々に襲撃した。



🔔

達也は改村中バスケ部と共にかじわら商店へ走っていた。
島ちゃん先輩とターチは三奈本小学校出身の女子生徒と男子の下級生を引率していた。

梶原のじいさんと洋子から、学校で「異変があった時」は全員を連れてかじわら商店に集まるようにと、かなり前から指示を受けていた。

当時の中学生は携帯電話など持っていない。
三奈本地区のメインの通りを右折するとかじわら商店が見える。達也たちは全速力で走りながら「じいさんー!!」と叫んだ。

中学生の叫び声を聞いた高齢者たちが何事かと民家から顔を出したが、止まることなく走った。

達也たちの声に気づいた洋子はかじわら商店の戸口を空けて走ってくる生徒たちを確認すると、すぐに店の中に戻っていった。

達也たちが店の中に入ると梶原のじいさんと洋子は忙しなく何かを準備していた。

ノブが「じいさん!大変だ!」と状況を説明する前に、洋子が小さな紙コップをお盆に乗せて持ってきた。

小学生の頃に飲んだ特製ジュースに似ているが、色がいつもと違う。量も少し多いようだ。「全員早くこれを飲んで。残さないで。」と言いながら紙コップを手渡していく。

「異変が起こったのね?」

洋子は目の前にいたユウたち3年生に聞いた。
聞いたというよりは確認だった。まるでこの状況を予見していたかのようだった。

女子生徒たちを公民館へ避難させた島ちゃん先輩とターチもかじわら商店に到着した。

「バスケ部はこれで全員か?」

奥の居間から出てきた梶原のじいさんが、肩で息をしながらバスケ部の生徒たちを見た。

「全員です!」

部長の島ちゃん先輩が人数を確かめた。

「よし。詳しい話は後だ。一年生から順番に奥に来るんだ。」

数か月ぶりに入る奥の居室は以前よりも狭く感じられた。
3台のパソコンと大きな電子機器が部屋の奥に設置されている。

「浩樹こっちへおいで。」

梶原のじいさんは小学生の時のように、血管や腕の曲げ伸ばしを素早くチェックした。最後に瞳孔の開きなどを確認すると、小さな子供にするように両手で頭を撫でた。

「シャツを上げて。後ろを向いて。」

じいさんの指示通りに浩樹が向きを変える。
目の前に物々しい機械のベルトが現れた。よく見るとHiroki.Tと名前が印字されている。

オジサン変身ベルトだ。

腰の後ろのアジャスターでベルトを固定する。

梶原のじいさんは、訳も分からず変身ベルトを装着される達也たちの質問に「あとで説明する」としか答えなかった。

全員の装着が終わると、梶原のじいさんはバスケ部全員の顔を見た。

「今から起動のやり方を教える。和希たちは分かるね?」

達也たちは梶原のじいさんが何を言っているのか分からなかった。

「左の手首の少し上を強く握る。カチッっと音が鳴ったら左手を握ったり開いたりするんだ。痺れるような感覚があるかも知れないが心配いらない。痺れが来てから1分ほど経ったら、ベルトの右横に小さいハンドルがあるからそれを素早く回す。ベルトの上部の液晶画面に起動を確認する英語が出るはずだから『YES』を選択すると起動できる。何か聞きたいことは?」

1年生と2年生はポカンと口を開けたまま説明を聞いていた。

梶原のじいさんは納得したように小さくため息をついた。

「そりゃそうだよな。いきなりこんな事を言われても何が何だか分からないよな。和希、ちょっとやってみてくれるか。」

島ちゃん先輩は梶原のじいさんが説明した手順でゆっくりと起動の動作を始めた。液晶のボタン操作をすると、左手側が青白い光に包まれた。

島ちゃん先輩は青と白の鬼のような姿に変身していた。


なぜ改村中の生徒は突然変異したのか!?
梶原のじいさんと変身ベルトの秘密とは!?
30年前の戦いの真相が次回明らかに!!
第6話へ続く!!





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