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ショートショートとスケッチ

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ショートショートと一瞬の切り取り
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2021年10月の記事一覧

君に贈る火星の

 古典劇『君に贈る火星の』が朝ドラになる。
 往年のファン、今まで舞台に行けなかった人たち、とにかく反響がすごい。
 しかし世間のざわつきはその配役にあった。要するに物議を呼んでいるのだ。
 メインキャストが一つ増えた。それも火星役。

 お転婆ヒロインが許嫁と結婚したくないばかりに海を渡ろうとして、船の作り方を教わりに老人を訪ねる。老人は船と見せかけロケットを作って一人火星に行き、ヒロインに贈り

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金持ちジュリエット

 いったいなんだって夫のPCのパスワードが金持ちジュリエットなのだろう。
 それにも増してどうやって私はそれを解くことができたのだろう。
 確かにこれだと閃いた記憶はある。
 画面が開いた驚きで吹っ飛んでしまったのだ。
 しかし問題はそんなことではない。パスワードだ。
 ジュリエットってなに?
 大方いかがわしいお店か何かだ。
 だが待て、さっき開いたとき私ちょっと感動してなかったか?
 そういえ

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空飛ぶストレート

 空飛ぶストレートはアニメ制作現場で生まれた技術である。言われてみればなるほどそれらしいネーミングだ。
 神経を使う作画に取りかかる場面、物音を立てない、仲間の気を散らさないようそれは用いられてきた。この技術のおかげで、たくさんの人気作品がつつがなく世に送り出された。
 やがて囲碁や将棋の世界に転用された。
 タイトルがかかる局面はもちろん、プロアマ院生問わず、その能力は相手への配慮と同時に敬意を

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コロコロ変わる名探偵

 いったいなんだってそんな名前がついたのだろう。
 私はそれまで血を吐くような、骨を削るような努力でこの席を勝ち取ったというのに。
 ああ嫌だ。
 でも行かねばならない。
 最近発見された星、『コロコロ変わる名探偵』に本格的な調査が入る。どうやらこれ、日本人がつけた名前のようだ。なんか資源が豊富なのだそうだ。
 私はその先遣隊に選ばれた。
 思うだけで恥ずかしい。だってテレビで「今からコロコロ変わ

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数学ギョウザ

 食べることで違う国の言語を即座に理解することができるコンニャクがある。
 その摂取時の脳内の化学反応を解析し、数学に応用したのが数学ギョウザである。肉まんでもシューマイでもない。ギョウザなのである。
 食べると数学の問題を解くことができる。
 もちろん限界はある。小学生にリーマン予想は解けない。
 ならばとある数学者が数学ギョウザとともにその懸賞問題に臨むと、彼は踊り出してしまう。他の者たちもそ

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違法の冷蔵庫

 表世界と裏の世界は表裏一体。
 フワフワモフモフキュートな猫が表で流行れば、裏世界ではドクロ片目なしクレカ偽造転売猫が流行るといった具合に。
 だが世界は平和過ぎた。表も裏も力を大きく持て余し関係があいまいになって来る。
 そんなとき裏世界のマニュファクチュアが表に殴り込みをかけようと開発したのが違法冷蔵庫だった。
 違法なところは何もない。いたってクリーンだ。裏世界の自負を忘れぬため、あえて違

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アナログバイリンガル

 ゲームに育成や人間関係など複雑な社会の仕組みが取り込まれ久しい。
 反面それを楽しむ我々はボタン一つ、選択肢一つで子供のように泣き笑い、国会や職場でさえ小学校の休み時間のような様相を見せ始める。
 その二つの現象に目を付けた研究者がいた。
 ゲーム世界がより現実的になればなるほど、それを楽しむ人は幼稚に単純に、初期ファミコンのような脳内世界になるのではないか。
 逆にゲームをつまらないものにすれ

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株式会社リストラ

 株式会社リストラの歴史は古い。金剛組ほどではないが、江戸時代初期、徳川の資料にその名は多く見られる。
 初めの名前は『栗鼠虎』。動物の輸入に関する商売をしていた。リスやトラが珍しかったから付けられたのだろう。
 ただ、丑寅とか、もっと分かりやすく言えば馬鹿とか、そんな言葉を連想させてしまうことから、明治に入ってカタカナに名を改めたわけである。
 維新後は本社を東京に移し、新政府の元で動物園などへ

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1億円の低カロリー

 今年も残すところあと三日。
 恒例の低カロリー一億円賞が発表される。 
 32人の億万長者がエントリーされている。
 シーズン30球で優勝したクローザーとか、世界戦3パンチKОのボクサー、あとは宝くじや相続、株、発明なんかが大半だ。
 たしかに彼らは低カロリーで一億円を得た。
 でも受賞することはまずない。スポーツ選手はその存在自体高カロリーだし、相続は親が高カロリーだ。宝くじは買いに行った時点

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しゃべるピアノ

 AIの時代が到来した。法律も校則も門限もおやつの時間もすべて機械がいい塩梅に行ってくれる。人々は嬉々として好きなことをやり、夢を見るように死んでいった。
 そんな中、しゃべるピアノが世界を憂いていた。
 彼らは管理される人間たちに向かって、このままでいいのかと訴えた。出生率の低下、子供の弱体化、50歳になる頃には筋肉や内臓が衰え、補助機械なしではまともに生活することもできなくなることへの違和感を

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