マガジンのカバー画像

小説

16
運営しているクリエイター

#小説

消えない光と陰

消えない光と陰

あのひとを不意に思い出すと、それは光の記憶も同時に蘇る。

「現代美術ってコンセプトありきって感じがして好きじゃない」
僕は初めて会った彼女に言う。
「そうだね。気持ちは分かる。だけど、
アメリカに行くと、本当の良さが分かるんだよね。
現代美術が何を表しているか、ってさ」
彼女は掌のグラスを少し掲げて、
僕はそのグラスが反射する光を見る。
彼女がグラスを手元にもどして、
氷と氷が溶け出した水とウィ

もっとみる

僕がやるから あんたはちょっと黙ってろ

8.

AKAZUKINのイベントの後、僕は急速にパンクに向かって走っていく。セックス・ピストルズの再結成には5回行った、なんてうそぶきながら、実のところ、クラッシュやP.I.Lやポップ・グループ、ニュー・ウェーヴは大好きだったものの、例えば3コードで搔き鳴らされるストリクトリー・パンク・ロックはまったく、そうまったく知らなかった。初台ウォール、中野ムーンステップ、武蔵境スタット、高円寺ギアや20

もっとみる

HIPPO WAY!

7.

Global a Go-Go vol.2の後、しばらく僕はDJはしていなかった。

しなかったというより、する場所もなかった。誘われる仲間もいなかった。

GOODTIMES!というバンドの追っかけをし、the backhead jettyのメンバーと仲良くなっていく。その二つのバンドのライブには出会ってからは、GOODTIMES!は最初のライブから、すべて通った。

GOODTIMES!

もっとみる

Global a Go-Go vol.2

6.

初めてバンドの転換でDJをした時のことは、セットリストも含めて、いまここにあるノートが記憶を呼び起こす。セットリストを残しているのも、DJについてだけじゃなく、その日のライブ、その日に向けての準備を書き残しているのは、その日だけだ。後にも先にも。というのは、その日、僕の大学の仲間で組んだバンドが、初の主催イベントをしたからだ。そして僕はその日に配られるフリーペーパーと少しの時間のDJを頼ま

もっとみる

未来は俺等の手の中3

5.

11月のイベントが決まった。きみ、オーガナイザーとしての素質があるよ。そんな電話に乗せられた、といっても、正直そのころには、夕方に鳴る突然の電話に少し、いやかなりびびっていた。今回は前回の太郎ちゃんに加えて、ずっとDJをやりたがっていた同級生のシンガーをまねいた。時間はいつもの8時から11時に戻してもらった。それでもノルマは2000円×30人。楽観していた。前回の成功もあるし。ひとは来るで

もっとみる

未来は俺等の手の中2

4.

いきなりイベントをやることになったのが、8月頭のぶっきらぼうな電話。9月半ばの土曜日。きみさ、オーガナイザーとして育てたいんだよね。店長は前回の支払いの時、なけなしの1万8千円を支払うときもそういった。これはさ、札束を握りしめ、将来への投資だからね。今は我慢。タロック君とか誘ってさ。イベントやれば?。オーガナイザー?でも育てたい。よくわからないけれど、オールナイトのイベントのオーガナイザー

もっとみる

未来は俺等の手の中1

3.

その次のDJは意外とすんなりと決まった。やはり夕暮れにかかってくる電話。ぶっきらぼうに、7月27日金曜日にオールナイトで、と店長は告げる。2000円2ドリンク。フジロックの初日だった。とはいえ僕は一日だけ前の年に行ったきり。いわゆるフジロッカーではなかった。21時リハーサル、22時オープン。下北沢で買った灰色のシャツを着て、50枚のCDと2万円のヘッドフォン、選曲リストの書いてある小さなノ

もっとみる

初めてDJをした日

2.

大学を辞めた後、ふらふらと長いニート生活をしていた僕に、ある梅雨の夕方、大学時代のバンドをやっている先輩から電話がかかってくる。まだ折りたたみ式の携帯で、当時の僕が住んでいた部屋では電波が途切れそうになるために、外にある駐車場で彼の電話を取った。「なあG、お前さDJやる気ない?」先輩はつづけた。「俺がたまに働いてるとこで、DJ募集しててさ。お前音楽詳しいし、やってみろよ」彼は気が向いたら電

もっとみる

YOU saved a DJ life.(仮)

1.

暑い夏の真昼、僕はいつものようにたくさんのレコードが入っている黒いケースの中から、すぐにターンテーブルに乗せやすいようにそこからさらに何枚かを斜めに立てたその中から、一枚のレコードを感覚で選び、ジャケットに書いてある曲順を見る。それからレコードの真ん中、ラベルを見て表裏を確認すると、レコードを左側のターンテーブルに置く。目を近づけて、凝らしてよく見ると見える、レコードの外側の端から三番目の

もっとみる

子供みたいな寝顔だな

大学生活も三年目に入っていた。僕は僕自身の困難を抱えていて、どんどんと暗くなっていった。授業中にパニック発作が出ることが増えていき、狭い教室の、風の吹かない閉めっぱなしの窓から見える、外に逃げ出す自分と、その教室の中で卒倒する自分を想像して、冷や汗が止まらなくなり、誰のことばも耳をすり抜けていき、自分が発する声や身体そのものが現実から少しだけ重力を失っていく。
サークルで新歓がはじまり、同期の部長

もっとみる

あなたは僕を少年にもどす

大学に入学した僕は、ガイダンス合宿って授業が始まる前に新入生だけで行く千葉のホテルで、たまたま同部屋だった男の子たち4人と、新歓ガイダンスってのに行った。大きな講堂の片隅で、僕らはいろんなサークルの出し物を見た。音楽系のサークルがライブを始めた。ネルシャツにジーンズのラフな格好をした女の子が、ラモーンズの電撃バップを歌い出したとき、横にいたYが身を乗り出したのを覚えてる。赤いワンピースに丸いサング

もっとみる

急にね、あなたはいう。

君といた時間は、いつも煙草の煙が辺りに立ち上っていた気がするし、君といた時間から現在にかけてが、中村一義が出す曲を時系列でなぞるみたいに過ぎていく。

大学ってところは、入学したあと直ぐに仲良くなる友達とは、割と早い段階で、挨拶を交わして通り過ぎる程度の距離に落ち着く。
それでも地方からこっちに出てきて、はじめての一人暮らしをする彼ら彼女たちの家では、夏の試験期間まではお泊まり会があるし、マル

もっとみる

18歳

陽炎がアスファルトに揺れていた。
向かい側の喫茶店の窓に映る君と僕の姿。
横を向くと、下らない冗談を飛ばして一人で笑う君の指の間に挟まるマルボロ。
キスしたいな。初めて、思った。
僕はまだ18歳で、それが人生で最も美しい季節だとは、いまでも思わない。
二人とも男だったからでは、もちろんない。
二人とも、とても不細工だったからだ。

18歳のときに通っていた予備校は、新宿から中央線で10分のとこ

もっとみる

毎日が夏休み

着の身着のまま、財布と携帯と煙草とライターをポケットに詰め込んで、靴を履く。磨り減った靴底は、靴下からでもコンクリートの熱気を感じる。靴を履くあいだに、ポロシャツの上着ポケットから煙草が必ず散らばる。玄関を開けると夏の湿気が匂いとともに、早速身にまとわりつく。

あらー、しばらく見てなかったから心配してたのよー
緑の花や木々に水をまきながら、笑顔で隣家のおばさんが挨拶してくれる。
ありがとうご

もっとみる