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『レスポワールで会いましょう』第11話

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【ここまでのあらすじ】
ストーカー事件に遭った27歳の会社員・佐山みのりは、「日常」を取り戻すべく、心の傷が癒えるのを待たずに元の生活へと帰っていく。
なんとか平常心を保ちながら日々をやり過ごすなか、外部スタッフとして会社に現れた岡田とカフェ「L'espoir(レスポワール)」で言葉を交わすように。
その後、久しぶりに再会した二人は互いの気持ちを確認し、毎週会うことを約束しあう。

※第1話、およびところどころにストーカー事件に関する記述があります。苦手な方、同様の出来事によるトラウマを抱える方は、ご自身でご判断のうえお読みください。


第11話

それから、岡田は毎週月曜日と木曜日に「L’espoirレスポワール」にやって来た。今の常駐先で仕事の都合がつけやすい日なのだという。
みのりの会社で仕事をしていた頃よりはカジュアルな洋服を着ていることが多い。みのりと岡田は長話をすることもあれば、それぞれが別の本を読んで過ごすこともあった。

コーヒーを飲みながら二人が交わす言葉は、とりたてて変わった傾向があるわけではない。
今日、職場で起こったささいな出来事。電車内で触れた他人の優しさ。昨夜観たドラマの、どうしても納得できない結末。あるいは、自分が子どもだった頃の思い出。
お互いのことを知ろうとする者同士が距離を縮めていくときに踏むステップが、なめらかに機能している。

事件に遭ってからのみのりは、誰かと親密な関係を新しくつくれるとは思えずに暮らしてきた。
ずっと他人とは距離を置いたまま生きていくのだろうと、半ば諦めていた。

──誰かに近づくのはこわい。その人は振り返ればこちらに刃を向けるかもしれないから。

日常を取り戻したくて、できるだけ普通に・・・見えるように心を砕き、顔には笑顔を張りつけて過ごした。それでも取り戻せずにいたものは、無邪気で無防備な好意だった。

「L’espoir」で会うようになってから、岡田に自分の気持ちを伝えたいと感じる機会が増えた。しかし、胸のうちにあるものが恋なのかどうか確信が持てない。岡田にまた会いたいと感じるのは事実なのに、その気持ちの確たる輪郭がつかめないのだった。

「岡田さんがここに来てくれると嬉しいし、岡田さんと喋っているとほっとします。でも、携帯番号は教えたくないなんて、変ですよね」

自嘲気味に口にしたみのりに、岡田が意外そうに目を開いてみせる。

「誰しもいろいろとあるじゃないですか。僕もまだ、ぐっすり眠れるとは言いがたいし、仕事のプレッシャーに押しつぶされそうな日もある。苦しかったけど、このあいだ佐山さんに『心配してました』って言われて、心の底から嬉しかった。今の僕たちはそんな感じで繋がっていればいいんじゃないかなあ、と思うんです」

「でも、それってどういう関係なんでしょう。恋って感じでもない、仲間って感じでも、ない」

「どういう関係なのか、今、明確にする必要があるのかなあ」

岡田が首を傾げる。

「恋愛って、そういうものなのかなあ。変な話かもしれませんが、僕にとって誰かを求めるって、衝動的で肉欲的なものとは限らないんですよね。繋がっていたいという気持ちを大切にしたいなあ、とは思いますが」

「繋がっていたい?」

「人となりや価値観を知って、できるならいっしょに生きていきたいと思う、それが僕の望むことで。そういう人がそばにいれば心強いし、気持ちも安らぐ。惚れた腫れたの騒ぎや、燃え上がるような恋慕ばかりが繋がりの形じゃない気がします。『ビビビッと来た』とか、僕は信じてません」

今度はふうん、とみのりが首を傾げる番だ。

「そういうのって、ちゃんとした形なのかなあ。あ、結婚とかそういう話じゃなくて、男女のあるべき姿としてどうなんだろうと思って」

岡田は組んでいた指を解き、手をパッと開いて、椅子に座り直した。

「『ちゃんとした』にとらわれなくてもいいんじゃないですか。あるべき姿を追うから苦しくなるのかも。僕らには僕らの進み方がありそうに思えます」

「まあ、そうかもしれない」

みのりは黒目をくるんとまわして頷いた。「ちゃんとした恋愛」に回帰しなければならないと思っていた頃は、確かに苦しかった。今も残る一部の苦しさだって、正当であることを求めるがゆえに生まれているような気がする。

岡田は、名を佳之という。「母が、生まれる子が女の子だったら美人になるように佳美とつけたかったそうなんだけど、残念ながら男だったから佳之」と笑って話してくれた。
こうやって岡田と「L’espoir」で会うようになったからといって、みのりは急に呼び方を改めようとは思わなかった。佳之さん? よしゆきくん? よしくん? なんだか、どれもしっくり来ない。

岡田のほうも、ずっとみのりを「佐山さん」と呼んでいる。

今はこの距離感がちょうどいいのだと、みのりは考える。なじまない呼び名は、まだ手もとに引き寄せるタイミングが来ていないのかもしれない。佐山さんと岡田さんはお互いを大切に思っている。それでいい。

(最終話につづく)

『レスポワールで会いましょう』全話一覧

第1話

第2話

第3話

第4話

第5話

第6話

第7話

第8話

第9話

第10話

第11話

最終話

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