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ミールス【3】 宴席でのミールスをもとめて

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。


前述したようにミールスの発祥は寺院の宴席料理である。食堂の中には「テンプル・ミールス」を謳った店もあるほどだ。となると婚礼宴で食べられるミールスを食べてみたくなるのが人情。もし知己に地元のインド人がいたら、近々結婚式を行う親戚や友人がいないか聞いてみるのも一手だろう。運よく新郎新婦が見つかれば、それは一生の思い出に残る食体験となる。しかし誰からも結婚式に招待されないからといって失望することはない。タミル暦では1月から2月にかけてのタイ月が結婚式シーズンとなる。この時期に街を歩けば結婚式にぶつかる可能性は高い。

最近の結婚式は寺院ではなく専用の式場で行われることが多い。式場のありかはグーグルマップで「Marriage Hall」あたりで検索すれば無数に見つけられるだろう。インド(ヒンドゥー教徒)の結婚式は夜通し行われることが多く、ホールは煌々とした照明で彩られるから、夜の方がより探しやすい。

マドゥライ市内の結婚式場


日本で見ず知らずの人が他家の結婚式に入ろうものなら不審者確定だが、インドの場合この点きわめて寛容だ。インドの結婚式は主催者の財力の誇示という側面があり、どれだけ派手に会場を装飾して豪勢な演奏隊を呼び、どれだけ多くの招待客を集めたかがのちのちまで語り継がれる。外国人客がその場に列席したということは彼らのイベントに華を添え、箔をつける形になる。だからむしろ積極的に参加をうながされるケースが多い。式場には日本の結婚式でもおなじみの、お調子者の親戚のおじさん的な人が必ずいて、手をひいて案内してくれる。まずは新郎新婦の元へと連れて行かれるから丁重に(勝手な)招待へのお礼を述べ、写真を撮ったり撮られたりする(もちろん後日What’s Upなどで写真を送るのは最低限の礼儀)。さらに案内されるがまま食堂ホールへ。そこには何百人という招待客が一堂に会して食事をしている。これが結婚式のミールスである。もちろん周りのおじさんたちからは食べて行け、と強くすすめられる。

迫力ある婚礼宴での集団共食


結婚式のミールスは基本的に街中の食堂で食べる菜食ミールスと変わらない。むしろ品数的には少ないかもしれない。決して華やかではなく、流行りの外食店で食べるような刺激やカラフルな見栄えといったものもない。作っているのは外部のケータリング業者だ。基本的に彼らは店を持たず、こうした宴席専用で請け負う。インド料理はおおまかに家庭料理と外食料理とに大別されることが多いが、そのどちらにも属さない、第三の形態とでもいうべきなのがこのケータリング料理である。そしてこのケータリング料理にこそ、インド料理シーンを読み解く一つのカギがある、と私は思っている。

端的にいえば、食堂などの外食店のコックよりもケータリング料理の作り手の方がリスペクトされている。その理由は二つある。一つは、数百~数千という規模の料理を一度に作れてしまうその圧倒的技量。インドには「大量調理がこなせてはじめてプロの調理人を名乗れる」という傾向がある。インド人コックらの話を横で聞いていると「俺は数百人のパーティーを担当した」「いや俺は数千人だ」とその量でマウントの取り合いしているのを耳にすることがよくある。外食店よりケータリング業者の方が大量調理は専門だ。有名な外食店のチーフのコックが資金を貯めて独立し、ケータリング業を開業するケースもよくある。

大規模な宴席料理は専門業者の力が必要


理由のもう一つは、客の細かな要望に対応が出来る点。外食店とは客にメニューという選択肢を提示し、味付けから盛り付けまですべてを食堂側にゆだねるビジネスモデルである。一方、インドにはいまだに「外食を否定的に見る層」が存在する。客席から見えない外食店の厨房ではどこの誰がどんな食材を使っているかもわからない。ヒンドゥー教徒にしろイスラム教徒にしろ、食材にタブーのある人の多いインドでは、自分たちの戒律にあった食材を細かく指示が出来、自分たちの目の届くところで調理するケータリング業者は外食店よりも安心な存在なのだ。

宴席料理人はインド全土に存在し、飲食産業の中でも特別な位置を占めている。もともと身分が自分たちより下のカーストが作った料理をタブーとするヒンドゥー社会では、最上位に位置するブラーフミン(=僧侶)の作ったものなら(味はどうあれ)安心して食べられた。こうしたことから代表をブラーフミンが務めるケータリング業者も多い。いずれにしても、婚礼というハレの場で来場者にご馳走するのは古くからの決まりであり、それを専用にする仕事が伝統的に存在するのだ(かつて小規模な婚礼宴での食事は、家庭の女たちが作っていたというが)。

大量調理をこなす宴席料理人


食のタブーの多いインドにおいて、はじめての「外食」体験が婚礼宴だったという人は今も多い。さらにミールスのように、宴席料理を模した形で商業メニュー化した外食店も多い。インドの外食文化を知る上で、彼らケータリング業者というのはきわめて重要な存在なのだ。そして彼らの作る「本物の」ミールスをいただくには、どこかのインド人の結婚式に参列するほかないのである。






小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com

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