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ビリヤニ【4】(南インド) 短粒米のビリヤニ

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。


北インドからはじまったビリヤニ話は、今度は一気に南インドに飛ぶ。かつて私は無意識のうちに「ビリヤニ=北インドの料理」だと思い込んでいた。いまも少なからぬ北インド人が同意見だろう。ビリヤニの発祥の元である、ムガル帝国文化圏の多くが北インドに位置するからだ。しかし南インド各地でさまざまなビリヤニを食べ進めていく中で、その思い込みが視野狭窄だったことに気づいていく。

ケララ州北部に広がるマラバール地方。そこにララヴィスという地元では名の通ったレストランがある。マラバール・ビリヤニという、当地では有名なビリヤニを注文すると、まずそのビジュアルに驚かされる。さほど大きくはない厚めの陶器皿に、余白を埋めるよう山状にしゃもじで丁寧に成形。その山の頭頂部にぶっ刺すようにスプーンが埋め込まれた状態でドンとテーブルに置かれたのだ。一瞬放心状態に陥るが、気を取り直してワシワシ食べ進めていくとこれが美味い。グレービーをまとったホロホロとしたチキンもさることながら、感動したのは全体をおおう米の味である。

インパクトのあるララヴィスのビリヤニ


このマラバール・ビリヤニに使われている米をカイマ米という。バスマティ米とは打って変わって対照的な短粒米だ。カイマ米がいつ頃からマラバールでポピュラーになったのかは、地元の人たち複数に確認するもわからなかった。もともとは内陸部のワイナード地方で産していたそうだが、現在では西ベンガル州バルドマンで生産された同種の米が州境を越えて広く流通している。香りのある小さく短い米は、形状が香辛料のクミンに似ていることからジーラカサーラ(ジーラとはクミンの意味)米とも呼ばれる。

マラバール同様、小粒のジーラカサンバ米をビリヤニに使うのが隣のタミル・ナードゥ州である。とりわけタミル中部に位置するディンディガルはタミル・ビリヤニの街として名が通るが、もとを辿れば一軒の老舗食堂にたどり着く。1957年にこの地で開業した食堂アーナンダ・ヴィラスは、タミル式のジーラカサンバ米を使ったマトン・ビリヤニを出す、ごくありふれた小さな食堂だった。時を経て、創業者から三代目にあたる現オーナーのナーガスワーミー氏が経営を引き継ぐや急拡大。イギリス留学・実務経験で培った手腕をぞんぶんに発揮したナーガスワーミー氏は、2009年に祖父の食堂の支店を州都チェンナイの一等地に開設。その後国内100店舗以上、アメリカ、フランス、シンガポールなど海外に9店舗の支店を持つ一大ビリヤニ・チェーンへと成長させた。2013年には店名も「タラッパカッティ・ビリヤニ」へと改名(タラッパカッティとは祖父が愛用していたターバンのこと)。商標登録して類似店を駆逐した。かくしてディンディガルは同店発祥の地として有名になり、多くの追従するビリヤニ店が誕生することとなる。

ディンディガルにあるタラッパカッティ・ビリヤニ本店
タラッパカッティ・ビリヤニで食事中の女性たち


面白いのは同店が2023年度中に出店を計画しているハイデラバード支店のメニュー。そこには彼らの持ち味であったはずの短粒米ではなく、長粒のバスマティ米を使ったビリヤニがのっている。彼らなりのローカライズ戦略なのだろうが、バスマティ米ビリヤニの本場ハイデラバードで、同じバスマティ米を用いたタミル・ビリヤニを提供するのはどうなのだろう。続報が気になるところである。

バンガロールもまた短粒米を使ったビリヤニ店が多い。使用する米はタミルと同じジーラカサンバ米で、製法もタミル式を踏襲している。というか、バンガロールにはそもそもタミル出身者が多く、タミルの食文化の影響が強い。独立前にイギリスによって都市開発されたバンガロールには、仕事のチャンスを求めて南インド各州から多くの人たちが流入した。現在バンガロール市の人口の約半数が他州出身者といわれ、さらにその約半数はタミル系が占めている。

インドのIT産業をけん引するハイテク都市バンガロールだが、一歩旧市街に入ると創業100年以上のS.G.ラーオ・ミリタリー・ホテルやそこから分裂したというニュー・ゴーヴィンダラーオ・ミリタリー・ホテルといった渋い老舗が点在する。これらの店ではビリヤニはなぜかプラオと呼ばれ、マールーと呼ばれるバウヒニアの葉を数枚編んだ皿にのせて提供される。バナナの葉ではなくバウヒニアのマールーであるところがカルナータカ式。私は仕事がら用いられる皿が気になるが、よく見とるマールーのほか、アレカ(ビンロウ)の葉を加工した小皿が使われることも多いことに気づく。

マールー皿にのせられたビリヤニ(プラオ)


北インドはおろか日本ですら「バスマティ米にあらずんばビリヤニにあらず」などという説が一部でささやかれる中、ケララ、タミル、カルナータカという南インド各地のビリヤニがなぜバスマティ米ではなく短粒米を使い続けるのか。これは推測になるが、南インドという環境はバスマティ米の育成に向かなかったのではないか。そして当初はバスマティ米の代用だったのかもしれない南インド産の香り米で作ったビリヤニが、やがて各地固有の食文化やアイデンティティと結びつき個性豊かな名物料理として花開いていった。そのオルタナティブな進化と発展の仕方こそ多様なインド食文化の本質そのものであり、「正しい」ビリヤニのあり方というべきなのだ。






小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com



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