【ルーツ旅🌺実家の謎の解明③】あなたは家族の誰に似ていますか?
▼私は曾祖父にシンパシーを抱いていた
N助といえば、50代で息子に家督を譲ってから、たくさんの本を書き、ルーツを訪ねてあちこち旅をした、悠々自適の文化人です。その好奇心と行動力は、まさに私とうり二つ。
私は、見かけは父に似ているものの、性格や内面的なものは、実家の誰にも似ていないと感じていました。だから、曽祖父の人物像を知るうちに、「ああ、私はひいおじいちゃんに似ていたんだ」と思い、嬉しくなりました。
N助の、深く自分の内面を見つめ、理想を追求する求道的な姿勢にシンパシーを感じるとともに、私のルーツ旅を導くメンターのようなイメージすら抱いていたのです。
しかし、そのような私のN助像は、第二次A教事件のあと、彼が一体どうなったのかを調べるうちに、ガラガラと音を立てて崩れていきました。
実は、こういっちゃなんですが、N助はとんでもないクズ男くんだったのです!!
▼クズ男くんエピソード1・息子を身代わりにした
前にお話したとおり、1935年に起きた第二次A教事件により、N助が建てた神殿は取り壊されました(写真はこちら)。
ご存じの方もいるかと思いますが、これは国家による宗教弾圧事件であり、宗教団体に治安維持法が適用された初の事例です。これにより、A教は壊滅的な打撃を受けました。
この時、当局は宗教施設を破壊しただけでなく、教団のリーダーS氏を含め1000人近くを検挙しました。
そして当局が、みずから神殿を作って布教活動をするほど熱心な信者だったN助を見逃すわけがありません。「ちょっと話を聞きたいんだが」と、N助に呼び出し状を送りました。
ところが、N助はこれを拒否。息をひそめて身を隠し、自分の代わりに息子を出頭させることにしたのです。
その後、息子に危難が降りかかったという情報はないので、大きなおとがめはなかったのでしょう。おそらく、地域の有力者であったN助に、当局も強く出られなかったのではと想像しています。
しかし、自分がひどい目にあいたくないから息子を出頭させるって、一体どういう思考回路なんでしょうか。N助の人間性を疑わせるのに十分なエピソードだと私は思います。
▼クズ男くんエピソード2・嫁のせいにした
この事件の数年前、N助は、教団で修業をしていたT子さんを気に入り、三男の嫁に迎えました。その際、教団のリーダーであるS氏に仲人をお願いし、結婚式にも出席してもらったのです。さすが教団にお金を貢いだだけあって、ずいぶんな特別待遇ですね(結婚式の写真はこちら。柄のある着物を着ているのがS氏)。
※T子さんが山形の実家を出て、京都に修行に来た時の話はこちら⤵
嫁のT子さんは、N助が神殿を建ててから、そこに集まる信者さんのために、毎日数十人分の食事を作って届けるなど、かいがいしく働きました。N助の夢だった布教活動を支えるために、貢献したのです。
それなのに、第二次A教事件が起きてから、N助はT子さんに対する態度を一変させました。
「A教のヨメは役に立たん!」と言い出したのです。
どうやら、まわりの厳しい視線を受けて、自分がA教の信者であることに後ろめたさを感じた様子。そこで、「わしは悪くない! このA教から来た嫁が悪いんじゃ!」という話にすりかえようとしたようです。
私にしたら、「はぁ? おまいう?」(お前が言う?)って感じです。
そもそもT子さんは、あなたが気に入って連れてきたんですよね?
こんな事態になったのは、そもそもA教に入れ込んだアンタが悪いんじゃないですか。
しかし、一家の長であるN助がこんな冷たい態度をとったため、親戚をはじめまわりの人たちもT子さんに冷たい態度を取るようになり、どんどんT子さんは孤立していきました。
そして、N助のそんな冷たい態度が、ついにある悲劇を招くことになったのです。
(続く)
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