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【短編小説】ゴミの丘-Garbage hills- エピソード2

#SDGs #フィクション #平和 #小説 #短編 #ゴミの丘 #短編小説 #小説 #持続可能な社会 #東洋医学 #鍼灸師

毎月1日は小説の日という事で、
3月も投稿いたします。
2月に続いて、ゴミの丘の続編となります。
1話完結ですので、この回だけでも楽しんでいただけます。
まだまだ描きたいことは沢山ありますが、
時間切れです。申し訳ありません。
粗々の原稿としてお読みいただけると
嬉しいです。

本日は約10,000文字です。
お時間のある時にお読みください。

前回のお話

ゴミの丘-Garbage hills-

プロローグ

1995年COP1と呼ばれる国連気候変動枠組み条約の
締約国会議がベルリンで開催された。

1997年COP3、後に京都議定書会議と呼ばれる国際会議は
地球における「温室効果ガスを2008年から2012年の間に、
1990年比で約5%削減すること」

と定めて、先進国にその削減比率を約束させ、幕をとじた。
しかし、人類は便利な生活を捨てきれず、
また新しいイノベーションへの着手も遅れ、
結果的にこの約束は守る事ができないと判断された。

2015年COP21、後にパリ協定会議と呼ばれ、
新しい目標として「世界共通の長期目標として、
産業革命前からの平均気温の上昇を2°Cより十分下方に保持。
1.5°Cに抑える努力を追求」
。が掲げられた。
しかしこれも中途半端なものであり、
明確なGOALと綿密な計画が開示されたわけではなかった。

2020年ウイルス大戦
全世界が未知のウイルスとの戦いに勢力を注いだ
第3次世界大戦(ウイルス対戦とも呼ばれ)
技術力、対応力が問われ、このウイルス対策に
全世界が一枚岩になるかのように見えたが
世界か国の動きはバラバラだった。

2021年COP26、いよいよお尻に火がついた人類が
2050年までにカーボンニュートラル、
地球上のCO2排出量をゼロにするとして
先進国の各国は口をそろえて、
カーボンニュートラルを訴えていた。
ただ、これも絵にかいた餅的要素はぬぐえず、
確固たる証拠や実証を得られず、
カーボンニュートラルまでのシナリオが
出来上がっているとは言えない状態での発言となった。
そればかりか、各国で紛争が巻き起こり、
破壊と創造の繰り返しを、まだするのかと思う程、
人類は一枚岩になれていなかった。

2022年第4次(第3次)世界大戦
人類はついに愚かな選択をせざるを得なくなった。
脱炭素で一枚岩になるはずの世界は、
戦争というCO2排出に大きな負荷をかける形となった。
そして、もう二度と過ちを犯してはならない領域まで
地球を苛め抜き、カーボンニュートラルはおろか
地球上に安住の地を求めるのは困難になるまで
この戦いは続いた。

2030年カーボンニュートラルの
ターニングポイントとなる2013年比45%削減目標すら
達成できなかった人類が、くだした結論は、
地球の破棄と工場化、人類の宇宙への移住に
その頭脳とエネルギーを費やすことだった。

人類は、NASAの調査から、
火星に第二の地球を創るべく、
国連は、国境や国家権力をはく奪し、
フラットなルールを決め各国の協力を仰いだ。
反対する国、勢力もあったが、
すでに体力、財力の限界に達し、
生きていくためには、
国連の言いなりにならざるをえなかった。
それも一部の国家権力を握っている人や
富裕層の結論でしかなかった。

国連により、火星移住において決められらルールは、
国連が建てたCO2フリーの家に住む事。
食材も、自動で配達され、容器回収も自動の
パイプラインが整備されていた。
排出物はすべて、食物工場の肥料となり、
移動は公共の全自動運転電動ビークルを使う事だった。

不自由はあるが、
完全循環型生活が送れる場となるよう計画され、
2030年から実験的に第一次移住が始まり、
人類は選別され、富裕層だけが、
火星行のシャトルに乗る事ができた。

残された者たちは、
火星へ移住する人類のための物資や、
シャトルを作製するための工場に雇われ、
また、生産用のラインは人が組み立てる必要があり、
奴隷制度とまではいかないが、
国連に近い場所で働くことによって、
いつか自分も火星への移住を夢見ていた。

愛する人

かわいがっていた、弟分の
ダニエルが死んで、ケイトは落ち込んでいた。
このまま自分も死ぬのではないか?
この世界の未来には何があるのか?
不安を掻き立てられていた。
クリスはそんなケイトが心配だった。
時々ケイトの家を訪ねていた。
ケイトの家もクリスの家と変わらず。
土間にベッドだけがあるだけの、
掘建小屋だった。

「やぁケイト、
 今日もゴミ拾いには出ていなかったね」

クリスケイトの家を訪ねていた。
ケイトはベッドに横たわり、ぐったりとしていた。
「クリス来ないで、私、
 ウイルスにやられたみたい
 あなたに移したくないの」

ケイトは弱々しい声で、言った。
クリスはそんなケイトの声には耳をかさず、
ケイトのそばに行って、額を触った。
かなりの高熱だった。
クリスはすぐに
ドクターミールの診療所まで走った。
約1.5km全力で走った。

ドクターミールは、闇の医者だが、
古い診療所を改造して、
ゴミの丘の人達の面倒をみていた。
腕もいいが、頭も切れた。
なぜこんな腕利きの医者が、
この場所にいるのかは疑問だった。
しかし何よりの強みは、
旧式だがMRIも密かに隠し持って
いる事だった。
クリスドクターミールに頼まれて
時々ゴミの山から使えそうなものを届けていた。

クリスドクターミールの診療所に駆け込んだ。
「やぁクリス、そんなに慌ててどうしたんだい
 太陽でも落ちてきたかい」

少し小太りで丸顔のドクターミールは言った。
「太陽どころじゃない、僕の太陽が発熱している
 新種のウイルスかもしれない」

クリスはそう言うと、その場にへたり込んだ。
ドクターミールはさっとマスクと
簡易酸素ボンベを手にして、
ついてこいと合図した。
クリスはふらふらになりながら、
診療所の裏に回ると、納屋があり、
その中にはソーラーパネルが貼ってある
トゥクトゥクがあった。
「いくぜ」
そういうと、電動に改造していあるらしい
トゥクトゥクが走り出した。
5分ほどで、ケイトの家に着いた。
ドクターミールは持参していた薬を
ケイトに注射した。
そしてケイトに酸素を吸わせた。
「クリス、診療所へ運ぶから手伝ってくれ」
いつになく真剣なドクターミールの表情に、
クリスもすぐに動いた。
トゥクトゥクの荷台に、抱きかかえるように座り
ケイトを支えた。
ドクターミールはそれを見ると、
トゥクトゥクのアクセルを開けた。

診療所の地下には、病室のような設備があった。
昔は霊安室だったのかもしれない。
それをドクターミールが改造してるようだった。
ケイトをベッドに乗せると、すぐに採血をした。
それを持ってドクターミールは更にその奥の部屋に
消えていった。
20分ほどでドクターミールがうかない顔で戻ってきた。

まっすぐクリスに向き合うと
「2020年代に流行ったコロナウイルスに似ているが
 新種だな、今は沢山の新種に分かれているから
 どのくらいのウイルスが
 蔓延しているかわからない」

そのままドクターミールは言葉を止めた。
それはつまりケイトが死ぬという事を意味している。
クリスドクターミールを見た。

「効くかわからないが、
 当時の薬のストックがあるから投与してみるよ、
 ただ、もしかすると日本の研究機関に、
 新種の研究をしていた機関があった。
 資料くらいは残されているかもしれない。
 ケイトを救う手掛かりは、今の所そのくらいだ」
ドクターミール
は正直に答えた。
「日本の研究機関?」

クリスは聞いた。
「日本はすでに、もぬけの殻だろう、
 首都圏は温暖化が進み、水没していると思う。
 ただ、少し離れた所にある研究機関なら、
 建物は残っているかもしれない。
 そこに何らかの研究データがあれば、
 彼女を救うヒントはあるかもしれないし、
 ないかもしれない。
 リスクを冒してまで、
 4000km離れた日本に行って帰ってこれる
 保証もない、どうするクリス」

「行くさ」
クリスは即答した。
「たとえ0.001%でも彼女の命が救えるのなら、
 僕はいくよ」

ドクターミールクリスのグレーの瞳をじっと見た。
「わかった、
 いつも世話になっているクリスの決意に、
 私も協力しよう。
 準備まで3日かかる。いいかな」

クリスはうなづいた。

招かざる客

ドクターミールの診療所から
歩いて自分の家に戻る途中だった。
一台の高級車が
クリスの行く手を遮るように停まった。
ルーフにはソーラーパネルが付けられた。
電気自動車だった。
中から黒いスーツの男が二人降りてきた。
「木村マイヤー博士のご子息ですよね」
丁寧な言葉でクリスに話しかけてきた。
クリスは黙ってスーツの男を見た。
「博士の研究を引き継ぎ気はありませんか?
 いずれ火星に
 行っていただくことになりますけど」

もう一人の男は黙ってクリス
威嚇するような目で見た。
「僕は父に捨てられた男ですよ、
 今更なんの研究をしろと」

クリスは食ってかかるような口調で男に言った。
「こんな、ごみ溜めで暮らすより
 ずっとましな生活ができますよという意味です。
 木村マイヤー博士のご子息という特権を
 使いなさいよ、という意味でもあります。」

男は少し馬鹿にしたような口調で言った。
「あなたの所在は何処へいってもわかります。
 あなたにはマイクロGPSが
 埋め込まれていますから、
 私たちの言う事を聞いておいたほうが
 身のためという事でもありますけど」

今度は脅しとも思える言いぐさだった。
「3日、考える時間を与えましょう。
 3日後にお迎えにあがります。」

そういい捨てると、
黒塗りの高級車で男たちは帰っていった。

体にGPSが埋め込まれているのは知っていた。
ただ、
体の奥深くに埋め込まれていてる事くらいしか
知らなかった。
クリスは考えていた。
ケイトを救うために日本に向かう、
けれど奴らはそれを阻止しようとするだろう。
このままクリスが居なくなったら、
ケイトドクターミールにも迷惑がかかる。
クリスは自分のGPSの信号を
途絶えさせることができないのか?
自分の家に帰りつくまでずっと考えていた。
やがて、昔父親から聞いた、
生体電流を使った実験の事を思い出していた。
もともとこのGPSは富裕層の管理のために
用いられていた。
生体電流を使うので、
一生交換せずにその人の位置を把握できる。
2020年代には犬や猫で実験が行われたものを、
人間用に改良したものだ。
この開発に父である
木村マイヤー博士が関わっていた。
生体電流を使って、体内に取り込まれた、
マイクロプラスチックの
除去などの研究もしていたらしい。
黒服の男の目的がなんなのかわからないが、
ずっとクリスの位置を把握しておきながら、
今このタイミングで
コンタクトを取ってきたもの気に入らなかった。

次の日もクリスドクターミールの診療所へ行った。
ケイトの様子は相変わらずだった。
時々作り笑いを見せるが、辛そうだった。
常時酸素吸入する程の機材がここには無かった。
あったとしても酸素ボンベが無かった。
クリスの脳裏を一瞬黒服たちの姿が過った。
やつらに頼めばケイトは救えるかもしれないと。
荒い呼吸を時々して、苦しそうなケイトを見るのが辛かった。
いっそ二人で死んでしまったほうが楽なのではとさえ思えた。
けれどクリスは、あえて日本へ行く道を選ぼうとしていた。
自分たちなりの道理で精いっぱい生き抜く事を選んだ。

「ドクター、MRIで僕の体に埋め込まれたGPSの位置をさぐりたい
 お願いできないかな」

ドクターミールはしばらく考えて
「実は、ケイトの様子をスキャンした、かなりやばい状況だ
 なので、MRIの電源を使ってしまった。
 もう一度つかうためには1日充電しないといけない。
 幸い、数日は雲が薄いようだ。屋上の太陽光パネルが
 1日稼働できれば十分な電気が溜まるだろう。
 明日ならOKだ。
 ただ、次の日には日本へ向けて出発だ、そこがリミットラインだ」

クリスは小さくうなづいた。
電源が豊富であればすぐにでもMRIを稼働できるが
太陽が雲を通して差し込む、ほんのおこぼれを
電気に変えるしか術がない状況では仕方がないと思った。

ドクターミールのMRIは旧式だが、ちゃんと動いていた。
ケイトが寝ている奥の部屋に、それはあった。
クリスはMRIの台に寝ていた。
ドクターミールが頭からスキャンしていく。
ちょうど胸に差し掛かった時、MRIは止まった。
「あったよ、首の下、背骨の近くだ、よくこんなところへ」
ドクターミールはモニターを見て言った。
「ドクターありがとう、もう一つ頼みがある」
「なんだい、私にできる事なら」
「GPSに一番近い位置のツボに針を打ってくれないか」

ドクターミールは何を言っているのか意味がわからず
クリスを見た。
ドクターミールの先祖は鍼灸師で、疲れるとよくツボに
鍼を打ってくれていた。
しかし今回のお願い事はドクターミールにとっては不可解な
お願いだった。
「説明してもらえるかな」
ドクターミールは真剣なまなざしでクリスを見た。
クリスは説明を始めた。

明日の夜明け前、電動ヨットでここから離れる。
しかし、GPSがあるから、黒服の男たちが追いかけてくるだろう。
彼らが待つと言ったのも、ちょうど明日が期限だった。
クリスはGPSを高圧電流で焼き切る事にした。
ただ、診療所で焼き切れば、
最後に電波を発信していたのが、ここだとわかってしまう。
なので、出発前、自分の部屋でGPSを焼き切るために、
鍼をできるだけGPSに近い位置にして、できるだけ直接的に
電圧を印加してGPSを焼き切りたい事を伝えた。

ドクターミールはそれを聞いて
「危険すぎる、いくら君が科学に長けていたとしても
 心停止する可能性もある、容認できない」

クリスドクターミール
「何をしても危険だし、
 この先どのくらいここで生きられるかなんてわからない
 だから、いまできる精一杯をしたい、これで死んでも
 後悔はないよ、ドクターお願いだ。」

クリスの真剣な態度にドクターミールはしぶしぶ
鍼を打ってくれた。

夜中、出発前
クリスは、鍼に電極をつないでいた。
受信機にはGPSの電波が出ている事が表示されていた。
やがて、クリスは自作の高電圧を発生させる装置で
パルス状に鍼に印加した。
けれど、GPSの信号は出たまま、焼き切れていない。
100Vくらいでは焼き切れないらしい。
人体そのものが導電体であり絶縁体でもあるのだから
そう簡単にはいかないだろう。
クリスは思い切って、1万ボルトを0.01秒だけ流す事にした。
クリスが貯めた電気の電池残量もこれが最後だった。
これでだめなら、追っ手を受けながら日本へ行くまでだと
覚悟を決めてスイッチをオンにした。
小さく何か爆発でもするような音が聞こえた。
クリスはそのまま意識が薄れていった。

クリスが目覚めたのはおそらく10分~20分後だった。
目をあけるとドクターミールが立っていた。
「こんな事だろうと思ったよ、気分はどうだい
 私の蘇生が効いたようだね」

クリスはすぐにGPSの信号を確認した。
どうやらGPSを焼き切る事に成功したようだ。
GPSからは信号がでていない。
「ドクター、ありがとう、感謝するよ」
「さぁ急ごう、トゥクトゥクへ」

そういうと、ドクターミールは、
電動ヨットがもやわれている海辺の近くまで運んでくれた。
「クリス、幸運を」
クリスはショートセイルの電動ヨットに乗り、少しだけ帆を張った。
電動ヨットは静かに海へ出ていった。

日本

昔、遣唐使というものが行われ
日本と唐の国を船で行き来していたと聞いた。
歴史の教科書でしかしらない事だが、
クリスは一人電動ヨットに乗って
日本を目指していた。
もしかすると遣唐使はこんな気分だったのではないかと思った。
荒れ狂う海、孤独な時間、飢えと渇き。
けれどクリスはそれに耐えた。
食料や水はできるだけ温存した。

旧式の高速艇であれば40ノットで24時間ぶっ飛ばし
約3日以内に日本に着くことができるだろう。
ヴァンデグローブというヨットレースの船であれば
瞬間的には40ノットを超えるスピードは出るかもしれない。
しかし、危険やトラブルを回避できない。
なんとか無事に日本へたどり着くために、
クリスは漁船に満たないスピード進んでいた。
<黒潮にのれれば、少し時間が稼げる。>
クリスは、ドクターミールの言葉を思い出していた。
この電動ヨットは電動ボートに小さな帆が貼れるようになっている
ヨットでもあり、ボートでもある。
それはエネルギーを節約する設計になっているからだ。
おそらく、ドクターミールが改造させたのかもしれない。
クリスは焦る気持ちを抑えて、電動ヨットの操船をしていた。

黒潮は意外と早く見つける事ができた。
ペットボトルやビニールやゴミが
海流に沿って移動してしていた。
まるでゴミの道だった。
クリスは迷わずゴミの道へ電動ヨットを導いた。

GPSを頼りに、クリスは日本の影を見ていた。
ゴミの丘を出発して7日くらい経っているかもしれない。
クリスは飲まず食わずでなんとか日本列島の影をみていた。

首都圏は水没し、少し内陸まで電動ヨットを進める事ができた。
太陽電池で充電した電動モーターで船外機を回しながら
慎重に陸地を探していた。
ただ、日本に人の影はなかった。

GPSを頼りに、昔研究所のあったあたりを探した。
1km手前で、海は陸地になっているようだった。
クリスは海に入り陸地までもやいロープを持って泳いだ。
変なものにぶつけて、ヨットが損傷するのをさけるためだった。
ちょうど、頑丈そうな鉄筋コンクリートの鉄骨が
むき出しになっている部分へもやいロープを結んだ。
陸へ上がると、かなり蒸し暑さを感じた。
今季節がいつなのかもわからないが、
濡れた服が重かった。
クリスは更にGPSを頼りに研究所の跡地を探した。

昔日本で様々な研究がされていた、
研究所はそのままの姿で建っていた。
人の気配はやはり無かった。
冷蔵庫なども機能していないだろうから、
保有していた菌は増殖しているかもしれない。
危険な場所ともいえたが、行動しなくても人はいずれ死ぬ
そんな想いがクリスをつき動かしていた。
医療の研究をしていたと思われる建物はすぐに見つかった。
ドクターミールの情報は確かなものだった。

研究所の中は荒れ放題だったが、医薬品等も残されていた。
クリスはまず研究の論文を探していた。
全てが電子データだろうから、探しようもない。
コンピューター等は全て持ち出されていた。
ただし、ごくまれに、研究者ノート等アナログで実験記録などを
残している人もいる。
もともとダメもとで日本まできたのだ
クリスは研究棟の中を歩き回った。

鍼灸師という漢字に目がとまった。
ここでは鍼灸も研究していたようだ。
クリスはその部屋の中で、経絡を表した人体モデルの模型と
そこに差し込まれた鍼をみつけた。
同時にハイボルテージを出力できる出力装置も見つけた。
机の研究者が座っていたと思われるデスクの引き出しの中に
ノートが数冊入っていた。
日本語で書かれていたので、すべては理解できなかった。
そこに書き込まれていた図とコロナウイルスという文字だけは
なんとか読み取れた。
それを見て、クリスはひらめきのような感覚を覚えた。

希望へ向かって

クリスは一つの仮説を考えていた。
そうまさにクリスが体内のGPSを焼き切った方法だった。
しかし、ウイルスに1万ボルトは必要ないだろう。
せいぜい2000V、それでも人間がまともに食らえば
死にいたるものだ。
それはウイルスにもたまらない電圧にちがいない。
図には361すべてのツボに鍼が差し込まれ、
順番に電圧を印可していくような絵が描かれていた。
つまり、0.05秒ずつ、ツボに刺した鍼に順番に
プラスとマイナスを入れ替えながら、人体へ印可
これを3日間続けた時の体調やウイルスの形などが
書かれているようだった。
クリスは目の前にある鍼がささった人体模型を見ていた。

クリスは迷った、けれどもう時間がない。
ドクターミールが渡してくれた、旧式の衛星電話の電池は
どのくらい持つかわからない。
全てを伝えられないかもしれない。
黙っていてもケイトは死ぬ。
クリスは、携帯の電源を入れ、ドクターミールに電話をした。
「やークリス、電話ができるという事は無事だね」
ドクターミールは相変わらずおっとりとした声だった。
「ドクター、電源が心配だから要点だけ話す」
クリスは仮説の話、2000Vの電圧を361か所順番に切り替える装置が
必要な事、3日間それを続けなければならない事
そのためには電源が必要な事を伝えた。
ドクターミール
「スキャナで電圧を順番にだな、これは鍼灸師であり、
 科学医療チームに居た私にしかできないことだね」
「ドクター0.05秒つづだ・・・」

クリスが更に続けようとして、携帯の電源が切れた。
0.05秒が伝わったかどうか、心配だったが。
電源が切れてしまったので、仕方がない。
あとは信じるしかない。
ケイトの容態を聞くのを忘れた事に、クリスは悔やんだが
しかたない。
クリスは実験ノートとまだ新しそうな鍼灸用の鍼
そして、当時研究されていた薬を等をもてるだけ持って
電動ボートに戻ってきた。
あとは運を天にまかせるしかない。
機材や物資はできるだけ多いほうがいい。
クリスは3往復して、物資を運んだ。
ドクターミールが用意してくれた
密閉になる小型コンテナが役にたった。
クリスはもやいロープを引いて、
電動ヨットを着岸させ、さらに固定して、物資を運び込んだ。
電動ヨットの一番水が入らない、キャビンの中へ入れて、
ゴムバンドで固定した。
あわや転覆なんて事もありる。
帰りは黒潮の外をまわらなければならない、
時間的なロスも大きい。
日本にたどりつくときも、
なんども海に投げ出されそうになりながら、
なんとかたどりついたのだ。

クリスの体力はすでに限界だった。
飲まず食わずだった事に気がついて、あたりを見回したが
食料や水などがあるはずもなかった。
クリスは持ってきた非常食を始めて口にした。

海は荒れていた。
電動モータではなかなか前に進まなかった。
充電しては進み、充電しては進んだ。
強風でない限り帆を張ったが、追い風の時しか使えなかった。
本来のヨットであれば、帆の向きを切り替えて
ジグザグに進む事もできたが、そういう機能も
そして体力も残ってはいなかった。

GPSだけがクリスの唯一の救いだった。
生きて帰れたらドクターミールにはお礼をしなければと
思っていた。

10日、いや20日くらいかかったろうか
クリスはようやくゴミの丘と対岸の宇宙への発着場が見える
位置まで帰ってきた。

衛星電話の充電がうまくいかず、けっきょくドクターミール
連絡がつけられないままでいた。
クリスは夜になるのを沖合でまってから、
ゴミの丘を目指した。
やっとの思いで、出発した場所まで戻ってきた。

クリスが着岸して、ヨットから降りると
ドクターミールが待っていてくれた。
クリスは不思議そうな顔をしてドクターミールを見た。
「やークリス、本当に行ってきたのだね、君は素晴らしいよ」
薄明りしかないので、ドクターミールの表情はわからなかった。
「そのボートのGPSは双方向通信なのさ、ただ有効距離があってね
 100km圏内にはいらなと補足できないのだよ。
 クリス、君が帰ってきたことはGPSで補足していたから
 迎えにこれたわけだ」
クリス
は思いがけない出迎えに嬉しくなった。
「ドクターありがとう、お土産にはならないが少し物資を調達してきた」

そう言って、電動ヨットから荷物を運んだ。

ドクターミールはトゥクトゥクを運転しながら
無言だった。
クリスケイトの事を言い出せないでいた。
ケイトはもうすでに死んでしまっているのではないかと思った。

20分程でゴミの丘まで戻ってきたが診療にはいかず、
廃墟のビルの前で止まった。
「ここだ」
クリスは不思議そうな顔をした。
「クリス、君が突然消えたら、あいつらが来ると思ってね、
 重要なものはこっちに移しておいた。
 あっちはダミーとして使っている」

クリスがトゥクトゥクから降りた時だった。
人影がクリスに近づいてきた。
クリスはとっさに身構えた、
あの黒服達が襲ってきたのではないかと思った。
薄暗い中、その人影はクリスに抱き着いた。

ケイトだった。
「ケイト、無事だったのか」
ケイトはただただ泣いていた。
「クリス、君の大冒険の結果はハッピーエンドだ」
ドクターミールは言った。
「じゃードクター」
「ああ、君の仮説は正しかった、見事にウイルスは死滅した、
 同じ方法で、何人か実験させてもらった。361か所
 鍼を打つのはしんどいが、命には代えられない」

「ドクター・・・」
クリスも言葉にならず、ただケイトを抱きしめていた。

ゴミの丘に、簡易的な医療チームが結成された。
クリスケイトも昼間はゴミを拾い
夜はドクターミールの手伝いをした。
ゴミの丘の人たちは少しだけ明るい顔になった。
クリスはふとダニエルの事を思った。
ダニエルは死なずにすんだのかもしれないと、
ウイルスで死んだわけではない。
ただここにダニエルも居たら、その愛くるしい笑顔が
皆の心を少しは癒してくれるのではないか?
小さな子供たちは、もっと無邪気に遊んでも良いのではないか?
こんな世界にしてしまった大人たちを恨む気持ちで、
溢れてきた。
けれど過去へは戻れない。
生き残った者は、どんな状況にあっても、
凛として前を向いて生きて活きて意気ていくしかない。
死んでしまった仲間の分まで。

クリスは今日も異臭のするゴミの丘で風を感じていた。
隣でケイトがいつもの笑顔で笑っていた。

おわり

編集後記

ついに戦争がはじまってしまいましたね。
サーバー攻撃(報復)などもはじまりました。
まさに負の、不のスパイラルがそこにあります。

そんな中何を描くべきか迷いました。
ニュースで子供たちが
「これが戦争なんだ・・・」
そう言って涙ぐんでいた姿を忘れられません。

もっと描写をこまかくとか、
もっと、あれもこれも盛りこみたいとか思いましたが、
なかなか筆がすすまず。
ボリューミーな小説になりませんでした。

そして、やはり1月に描いたゴミの丘のフィールドで
続きを描いてみようと思いました。

黒服たちとは更にひと悶着あるとか(はらはらドキドキ)
日本から帰れなくなるとか(ピンチの連続)
海に投げ出されるとか・・・
いろいろプロット案はありましたが。
描写する事ができませんでした。

ただ、愛する人への想いとコロナの特効薬ができればと
東洋医学のツボに着目してみました。
より生体反応を上げる事で、免疫をアップさせ
更に電気でウイルスを焼き切る事ができればなんて
ファンタジックな考えを盛り込んでみました。
あくまでもフィクションですからね、良い子は真似をしないように。

持続可能な社会へ向けて
人類はすでに最悪の選択をしてしまったのかもしれません。
ただ、物語の中でも語ったように、凛として前を向いていたいです。
ウクライナの方達が、母国と愛する人を守るため、
愛を銃に持ち替えると言う、
苦渋の選択に心が痛んでなりません。

今月も最後まで読んでいただき
ありがとうございます。
皆様に感謝いたします。


サポートいただいた方へ、いつもありがとうございます。あなたが幸せになるよう最大限の応援をさせていただきます。