検察ナンバー２とスキーに行った話（後編）

　スキー当日、オレは朝5時に家を出て新聞を買うために最寄のコンビニに向かった。抜かれ記事が載っているとされるY新聞を手に取った後、なんとなく怖いので全紙を購入。家に戻りすぐに一面、社会面と紙面を開き、該当の記事がないか全紙を隅々まで確認した。

　抜かれ記事はどこにも存在しなかった。

　アイツ、適当なこと言いやがって。乱雑に畳んだ新聞をテーブルに放り投げる。心の安定と睡眠時間が奪われたことに憤慨しつつも、身支度を整え次席検事の住む官舎へ車を走らせ、一路立山山麓へ。そのネーミングを気に入った次席検事の希望で、「極楽坂」という名のスキー場に向かう。

スキー場に到着。赤色のスキーウェアに身を包んだあの記者は、何事もなかったようにY新聞の記者と談笑している。

「○○さん、Y新聞の抜きネタなかったじゃないですか。あの電話のおかけで寝れんかったんですけど」

仏頂面で話しかけるオレ。

「いやあ～。ごめんごめん。まあまあ。平和でいいじゃないの」

さらっとかわされ、到着した次席に気付きすぐさまその元へ行ってしまった。

まあ、プライベートを楽しもう。と、自分で自分を落ち着かせながら、借りたスキー板とウェアを着て雪上へ。次席は映画「私をスキーに連れて行って」に出てくるような、スキー板はロシニョールでウェアはフェニックスと形容される1980年代風の出で立ちで登場。スキー歴が長いことをうかがわせ、足を引っ張らないよう少し緊張しながら学生以来５年ぶりのスキーに臨んだ。

　「最初は中腹まで行って滑ろうか」次席の提案に賛同する。いの一番に次席とペアリフトに乗りいざ中腹へ、と思った数十秒後にリフトががくっ、と止まる。どうやら、誰かがリフトにうまく乗れずに緊急停止したようだ。

 リフト乗車に失敗したのはあの記者だった。

なんだよ、参加する時にはスキーはシュテムターンできるレベルってのたまわってたじゃん。本当なのかよ。今朝の一件から疑心暗鬼になるオレ。

　そして、中腹に到着。雪は昨日も降ったようで、ふかふかのパウダースノーというベストコンディションであった。滑走者も少なく、斜面の状態は冒険者が意欲をたぎらせるような未開の地の様相を呈している。そう、それはまさにパラダイス・スロープ（極楽坂）。

「雪質いいなあ～」と喜び、颯爽と滑走を開始する次席。それに続いてスキー板を滑らせる。ブランクからか何度か転倒するが、そのたびに雪がふわりと舞いながら全身を包み、気持ちが良い。スキーの楽しさを満喫して滑り降りた。他の記者も白い歯を見せて思い思いのシュプールを描いている。

 前途の、あの方を除いては。

シュテムターンどころか、ボーゲンもおぼつかず、ターンごとに転倒する。

「○○さん、大丈夫ですかあ～」降りてくるのを待ちながら呼びかける。

「大丈夫。すまん。なにか調子が悪い」

調子悪いとかじゃないと思うけど…。やはりスキー苦手なのに、この方は人間関係深めるために参加したんだな、とオレの中で結論した。その後も滑走は続けるが、その記者は少し滑っては転倒するというパターンの繰り返し。でも、なんとか必死に食らいついてくる。頂上を攻めると言っても泣き言も言わずついて来た。ここまで来ると、そのたぎらせる記者魂に逆に感銘を受け、昨日の恨みも吹き飛んでしまった。

　楽しかった一日は終わり、帰路へ。帰り道、充実な表情を見せる次席に、ここはチャンスとばかり「あのヤマの捜査状況はどうなんですか？」などと車内で色々と質問し、ある程度の収穫を得てスキーの接待は終了した。

翌日、記者魂がオレに話しかけてくる。

「…いやあ。お前帰り次席と二人きりだっただろ。なんかネタ引っ張ったの？」

「いえ特段何も～。ふつうに世間話して帰ってきましたよ。へへっ」

翌月、オレは検察関係の独自ネタで一面トップを飾り、お返しとばかりにその記者を大いに慌てさせた。そのネタで社内表彰も受け、その理由が「休日に次席検事とスキーに行って接待するなど捜査関係に食い込んでいる」となっていた。あれから十五年以上の歳月は流れたが、刺激的な日々だったので、昨日のことのように記憶に刻まれている。

　よく公的機関と報道機関がその取材方法のあり方について、癒着していると称されたり、両者が結託して違う情報を流していると批判されることがあります。しかしながら記者は、中立性を保って報道の自由を守り、ニュースバリューを高めるため、あらゆる手段で関係各所に食らいついてネタを引っ張っています。この記事が、その裏部分の一端を知るきっかけになれば幸いです。

　長編に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました！

「検察ナンバー２とスキーに行った話」の前編、中編の記事は以下となります。

前編：https://note.com/monica064/n/n66c975e3226e

中編：https://note.com/monica064/n/n7e0ee9359800

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