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検察ナンバー2とスキーに行った話(前編)

 新聞の価値を高めるには、他紙に先駆けて特ダネを打つことである。しかし、捜査機関が報道発表以外の情報を出すことは守秘義務に反する恐れがあり、基本的に口外しないので、独自ネタを掴むのは中々困難だ。そんな中ででも、担当記者は取材先と様々な手法を使って必死に人間関係を築き、ネタを引っ張り出してスクープ記事を生み出す。

 今回話題になった東京高検検事長の賭け麻雀問題で、朝日と産経新聞の記者が卓を囲んでいたことが明るみになった際、オレは善悪の判断よりも先に、検事長と麻雀するくらいの食い込んだ関係を築いていることが凄いと思ってしまった。時期的にも内容的にも褒められたものではないけど。

 そんな話題から思い出したある話。


 ー2003年、初夏ー

「おい、太田ァー。ちょっと」

取材を終えて帰社したオレに、社会部長がいつもの赤みがかった顔を向け、ニヤニヤしながら手招きする。

「何でしょうか?」

あれ、機嫌良いな。荷物を置くのもそこそこにして駆け寄る。

「お前知っとれん?地検(地方検察庁)の検事正(ナンバー1)が東京地検にご栄転するってよ。今度次席検事に会った際に話題にしてみまっし」

初耳だ。何で中々漏れない捜査機関の人事の話知ってるんだろう。飲み屋のオネエちゃんにでも聞いたのか。でも、又聞き程度の確度だから記事にしろって話ではないのか。まあ、地検はいつも塩っぱい対応だから、話題作りにはなるかな。

「わかりました。さっそく明日のレクで話題にしてみます」

 翌日。地検へ向かうオレ。地検では当時、警察記者クラブ加盟社は平日の16時にその日に起訴された被告の起訴状を閲覧できた。記事化に際しその中身について質問したい場合は、同日の16時から17時の間に地検ナンバー2の広報担当である次席検事のレクチャーを受ける。レクがあると言えども、捜査関係者は口が堅い。警察もそうだが、その上位機関である検察はなおさらのこと。次席検事は先月代わったばっかりであったが、前任者と同様、レクでは起訴状に記された以外のネタはほぼ出なかった。

 その日、特段重要な犯罪の起訴はなかったが、事務員に「次席検事にお会いしたいんですが」と伝えて待つ。部屋に通されてソファーに腰掛けると、整髪料でびしっとオールバックに固め、鋭い眼光を放ち、気ぜわしさをたたえながら次席検事が歩み寄ってきた。全国を賑わせた重要犯罪の第一線で捜査に活躍した自負が周りに漂っているのか、部屋はいつも通りのぴんとした雰囲気を保っていた。

 記事に盛り込まないであろう、本日の起訴状の内容をああでもない、こうでもないと訪ね、そのたびに「それは言えない」、「そこは所轄の警察に聞いて」などとのらりくらりとかわす次席検事。話も尽きたころ、昨日社会部長から仕入れたネタを投入した。

「そういえば、○○検事正ってご栄転されるそうですね~。こちらに着任してから早々の異動、おめでとうございます~」

と、少しおどけて話すオレ。

「えっ!?まだ発表してないでしょ?何で知ってるの?」

目をまん丸にし、驚きの表情でオレを見る次席検事。

「いやあ~ネタ元は言えないっすよ。ネタ元はばらさないのがマスコミじゃないっすか~。でも当たりなんですね~。発表まで記事にするつもりはないすから大丈夫っすよ~」

しまった、という表情を見せる次席検事。逆にこちらに色々と聞いてくる。しかし、社会部長のネタ元もはっきりと知らないオレは、これ以上答えようにも答えられないのだ。いつもより倍の時間を費やしてやり取りをし、その日は終了。いつも凛としていた次席検事から動揺した表情を引き出すことができ、オレは満足して地検を後にした。

そして、その日から次席検事のオレに対する対応が変わった。やっと一人の記者として認識された、という感じになった。これまで起訴の内容以外の無駄な話は一切なかったが、世間話に付き合うようになった。美味しい回転ずしについての話や、地検の近くにあるスーパーの品揃えはマニアック、だが、それがいい。という話とか。そういった他愛もない話を嬉々として語る仲になった。

これは人間関係を築いていく良いチャンスだ。次の段階として酒を酌み交わす仲になれば、いずれ「お堅い」検察から特ダネを引っ張れるかもしれない。そう考えたオレはある日、次席検事に今までにない提案をした。

「次席、今度警察記者クラブと検察幹部で懇親会やりましょうよ。お互いに敵対するのではなく、コミュニケーションさえしっかりあれば変な報道もないんじゃないですか」

「ああ、僕としては開催しても良いと思うよ。検事正に聞いてみるわ」

…おお!本当に!やった!

警察記者クラブに戻り、加盟社の記者にさっそくこの話をする。みんなが乗り気になり、時の記者クラブ幹事社が段取りしてとんとん拍子に話が進み、ついに異例の懇親会が開催されることになったのであった。


中編と後編は下のリンクからどうぞ。


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