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ルリマツリ

さつきちゃんは、5年生になってからルリたちの学校に転校してきた。ここに来る前は、北国に住んでいたという。でも、そこに生まれた時からずっと住んでいたわけではない。お父さんの仕事の関係で、何度も引っ越しをしたそうだ。関西にいたこともあるとのこと。
そういうわけで、さつきちゃんの話し方は、すごくどこかの方言と分かるわけではないけれど、ちょっとしたところで、ルリたちの話し方と違う。たとえば、果物の柿と海の牡蠣。どちらも「カキ」だけれど、音が違うでしょ?でも、さつきちゃんが話すとどちらの「カキ」だか分からない。

前からこの小学校にいる子どもたちも、2年ごとにクラス替えがあるので、さつきちゃんが転校してきた4月の始業式には、ルリたちも新しいクラスになった。
さつきちゃんの名前は、「百田皐月(ももたさつき)」という。ルリの名前は「森川瑠璃(もりかわるり)」で、名前の順で、ふたりは前と後ろだった。
さつきちゃんは、教壇で先生から紹介された後、ルリの前の席に座るように指示された。
席に着くと、後ろのルリの方を向いて「よろしくね」と挨拶した。

さつきちゃんは、わりと細くて、背の高さは中ぐらい。マッシュルームカットで、うっすらそばかすがあって、それが彼女のチャームポイントだと思った。物静かな印象を与えるが、話すと色々なことを知っていて、見た目よりも大人びた雰囲気をはなっている。
彼女のランドセルはぺちゃんこで赤と言えば赤だけれど、色あせた赤。他の誰も持っていないようなランドセルで、それが余計に大人っぽかった。
そして、そのうちにみんなも知ったことだけど、勉強ができて、絵も字も作文もピアノも上手かった。しいて言えば、体育はそれほど得意ではなかった。

さつきちゃんは、席が前後のよしみでか、ルリによく話しかけた。
そして、ある日「森川さん、わたしと交換日記しない?」と言った。「交換日記って、何?」ルリは、それまで、「交換日記」というものをしたことがなくて、よく知らなかった。「交換日記はね、1冊のノートや日記帳に順番に色々なことを書くの。たとえば、今日は家でわたしが日記を書いて、次の日に森川さんにノートを渡したら、森川さんはそれを読んで、何か書くの。そして、またわたしに渡して……というふうに続くの」「へぇ、おもしろそうだね。百田さんは、今までにも交換日記をしたことがあるの?」「うん、前の学校でね」「いいよ、交換日記しよう」「じゃあ、最初は言い出しっぺのわたしがノートを用意して書いてくるね」
こうして、ふたりの交換日記は始まった。

さつきちゃんは、文の他にも少女マンガ風の絵を時々描いてくれたが、これが抜群に上手で、今まで見た友だちの絵の中では群を抜いていた。まるでプロの漫画家さんが描いたようなレベルだった!全然、ルリには及ばないレベルだ。どうしたら、こんな絵が描けるのだろう!?と、同い年の女の子の才能に驚嘆したものだ。

『アンネの日記』を貸してくれたのもさつきちゃんだ。その本のこともルリは知らなかった。「とても悲しいけれど、すごくいいから読んでみて」と、さつきちゃんは、ルリに手渡した。

彼女の家は、学校からはそれほど近くはなかった。子どもの足ならば、30分以上はかかるぐらいの住宅団地にある。
ある日、いつもルリのことを話しに聞いているというさつきちゃんのお母さんが、「家に呼んだら?」と促したとのことで、「うちに遊びに来る?」と誘われた。ルリの家は、学校にわりと近かったので、さつきちゃんの家がある住宅団地までは、歩いたら40分ぐらいかかりそう。最初は、ルリのお母さんも一緒に自転車で連れて行ってくれたが、お習字の先生のうちも同じ住宅団地にあったので、広い団地内でも、一旦道すじを覚えたらひとりで行けるようになった。

さつきちゃんは3人姉妹の一番上だった。だからなのか、見た目はそれほど「お姉さん」という感じではないものの、思った以上に面倒見が良い子だ。真ん中の妹さんは小学3年生、一番下の妹さんは幼稚園に行っていた。上の妹さんは、さつきちゃんと顔も声も似ていた。下の妹さんは人見知りもせず、人懐こい可愛い子だ。ルリが遊びに行くと、さつきちゃんとふたりだけで遊ぶ時もあれば、妹ふたりも入れて4人で遊ぶこともあった。さつきちゃんのお母さんはやさしかった。

交換日記をしたり、学校外でもふたりで会ったりと、ルリとさつきちゃんはより親密になった。色々な学年ごとに、仲が良くて、一緒に遊んだり行動したりする友だちはいたけれど、さつきちゃんとのつながりはより大人っぽいように感じられた。ルリもさつきちゃんもベタベタ付き合うタイプではないが、何か通じるところがあると思った。それをお互いに口に出したり、交換日記に書いたりして確認することはないのだが、ああ、こういうのが「親友」っていうのかなと思われた。

6年生の3学期、ルリはふと「ねぇ、クラスの中でなんとなくいいかなっていう男子はいる?」と、彼女に聞いてみたくなって、その質問が自然に口をついて出た。彼女は、たじろぎもせず、少し静かに考えると「うーん、池田と薄居かなぁ」と応えた。
なんと……さつきちゃんのなんとなくいいなっていう男子は、“マメページよし”の池田と "うり"か!
「ふ~ん、そうなんだ」と、ルリは言った。
さつきちゃんは、ルリには特に同じことを尋ねなかった。
そして、ルリも何も言わなかった。ただ、たくさんの男子の中で、そのふたりにさつきちゃんが注目していたということに軽くびっくりした。
ルリにとって、そのふたりは「好きな男子」というわけではないので、さつきちゃんが「なんとなくいいな」と思っていても、特に問題はない。でも、その話題はそこまでだった。


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