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『落研ファイヴっ』(35)「おこめパンの女」

〈五月第四週月曜日 放課後〉
 
【草サッカー同好会(旧落語研究会)ビーチサッカー練習場建設予定地】と大書された看板前で、仏像がバサッと手に持った大荷物を振り上げた。

〔仏〕「荷物置き場兼着替え場所。俺のお古だありがたく使え」
 ポップアップ式のテントをピッチ奥の空きスペースに設えると、仏像は早速荷物をテント内に入れた。


〔下〕「砂入ったー。着々と完成しつつある」
 Tシャツハーフパンツ姿になった下野しもつけは、ピッチ脇のネットをまたぎながらはしゃいでいる。
〔仏〕「最終的には四方しほうに背の高いフェンスを取り付けて、中古のキャンピングワゴン車を置くんだと」
〔松〕「そこが着替え兼物置場になるそうです」

〔シ〕「なるほどね。このピッチに雨除けのテントとか屋根とかつけられねえかな」
〔仏〕「お役所関係が絡んでくるらしくて難しいらしい」
〔天〕「梅雨時の練習はどうするんでしょ」
 天河てんがが太い首をひねる。

〔仏〕「さあな。矮星わいせいって何にも考えてない奴だもん」
〔長〕「そう言えば多良橋たらはし先生は」
〔松〕「緊急職員会議があるから自主練してろって」
 だったらサボって帰りてえと三元さんげんがぼやいた。

〔仏〕「バレたら一人だけ代出だいしゅつじゃん。それで良いならサボれば」
〔三〕「冷てえなあ」
〔仏〕「せめて宿題やってろって」
 ぼやきながらカバンから教科書を取り出した三元さんげんに向けて、下野しもつけが自分のサブバックから何やら取り出した。



〔下〕「三元さんげんさん、遅れちゃいましたがお誕生日プレゼントっす」
〔三〕「おこめパンにぶどうジュース?! ありがとう」
 三元さんげんはおこめパンとぶどうジュースを受け取ると、さすが体育会系はしつけが違うよなあと下級生たちを恨めし気に見た。

〔松〕「ひもかわうどんが誕生日プレゼントだったって事で」
〔仏〕「特別に宿題させてやるんだからありがたく思え」
〔餌〕「腐ったローズマリーが野菜室にあるんで持ってきます。絶対忘れないで」
〔三〕「そのローズマリーはとっとと捨てろ。でもどうしておこめパンを」
 三元さんげんはおこめパン片手に下野しもつけにたずねた。



〔下〕「横浜マーリンズのファン感謝祭で、選手がボールにプレゼントを仕込んで投げたんっす。そこで某選手が仕込んだおこめパンの二割引券を巡る、女同士の凄惨せいさんな争いが起こってですね((((;゚Д゚))))。それ思い出したんっす」
〔仏〕「横浜マーリンズともあろうビッククラブが、おこめパンの二割引券?! どこの商品」

〔下〕「デンマーク的な店のおこめパンっす。しまいにゃ女サポ同士、ボールの所有権争いの果てにジャンボやきとりの串でフェンシング始めちゃって」
〔仏〕「マーリンズサポどうなってんだよ」
〔シ〕「それおこめパンじゃなくて、二割引券のボールを投げた選手が人気だっただけじゃないの?」

〔下〕「それでか。 俺中三の時に告られて、彼女の誕生日にデートする事になったんすよ。それでおこめパンが女子受け良いのを思い出してプレゼントしたら、『地獄に落ちろ。煉獄れんごくでも可』って切れられて( ;∀;)。それから彼女いないっす」
 下野しもつけの話は相変わらずあちこちに飛ぶ。

〔三〕「そんな痛い思い出のおこめパンを俺の誕生日に」
 テント前に腰を下した三元さんげんは、おこめパンをもちゃもちゃ食べながら下野しもつけを見上げた。

〔下〕「やっぱおこめパンごときで切れる方がおかしいっすよ。おこめパン美味いっすよね三元さんげんさん」

〔餌〕「いいや彼女に誕生日プレゼントでおこめパンは無いわ。それに、彼女いた歴ある自慢だよねその話。しかも告られたとか。三元さんげんさんが望んでも得られないステータスだし」

 えさだって、生まれてこの方彼女いねえじゃんと三元さんげんは毒づいた。


〔下〕「餌さん彼女いるっすよね。他校の女子と一緒に下校してたらしいじゃないっすか」
〔餌〕「あいつ小学校の吹奏楽クラブの知り合いだし。あんなの子供すぎてダメダメ。やっぱり森崎いちご様レベルじゃないと反応しないんだよ」
〔三〕「森崎ってデカい子供が三人はいそうな臭い香水の女だろ。ありえん」
〔餌〕「ヒネ鶏に未亡人の良さが分からないようじゃまだまだ」
 三元さんげんの反応に、餌は首を横に振った。
  
〔三〕「ヒネ鶏って排卵しなくなった鶏だぞ。そんなんで良いのか」
〔餌〕「お子様には分からないでしょうね。良いですか。森崎いちご様が二十年以上第一線を張ってる事実を大人しく認めて」
〔三〕「餌の方が俺より年下じゃん」

〔仏〕「黙れ。耳がけがれる」
 森崎いちご嬢を熱く語り始めたえさを鋭く制すると、仏像は荒縄あらなわを餌に投げ渡した。

〔餌〕「縛るか、縛られるか。それが問題だ」
 仏像をからかうようにくねくねしながら荒縄をもてあそんだ餌に構わず、仏像は淡々と準備体操を始めた。



〔仏〕「そう言えば、今日は飛島と服部は来ないの」
〔長〕「服部は歯医者に行ったんで休みっす」
〔松〕「飛島君は用事があるそうです」
〔仏〕「という事は、今日は総勢八人で練習だな」
 かまちょムーブをスルーされてご機嫌斜めになったえさは、一人ピッチでスコップを繰り返した。

〔シ〕「こっちに砂飛ばすなよ」
〔餌〕「技の練習です」
〔シ〕「餌が完全にすねた。どうすんだよ仏像」
〔仏〕「知らん。ちょっとは熟女中毒を直す気が無いのか」
〔松〕「直す気があるうちは『中毒』とは呼びませんから」

〔餌〕「ぶーっ。何さ仏像一人でいい子ぶりやがって。自分だって合コンお持ち帰りとかナンパとかしてたじゃん」
〔仏〕「してねえよ。合コンはお前らが開け開けうるせえから開いてやっただけだろ」
〔松〕「ナンパするんですか。意外」
〔仏〕「しねえって。勝手に声掛けられるだけだってば。絶対ナンパなんてしてないから」
 松尾の反応に、仏像が慌てたように首を横に振った。

〔餌〕「松田君の前で良いカッコしようとしても無駄だって。【フロント/バルコニー/モールドカップの取り扱いについて】って痛っ」
〔仏〕「あーごめんごめん。コントロール狂ったわ」
 仏像がライナーでドロップボールを蹴ると、『コントロールが狂って』餌の太ももを強打した。
〔餌〕「あースコップ練習しよ。スコップ!」
 太ももを赤くはらした餌は、仏像めがけて砂をき散らかす。



〔シ〕「ガキかよお前ら。とりあえずここに荒縄があるんだから、綱引きで決着つけようや」
〔三〕「じゃ俺が審判。公平を期すために天河てんが君と長門ながと君は別れる」
〔天〕「下野しもつけ君は。三元さんげんさんが入らないと人数が合わないっすよ」
〔下〕「モテテク知識を教えてもらえるなら政木まさき先輩側につきまっす」
〔餌〕「秘蔵映像ひぞうえいぞうを見せてあげるから僕に付きなよ」
〔下〕「秘蔵映像かモテテク知識か、それが問題だ」
 下野しもつけは芝居がかった表情で、苦悶くもんを露わにした。

〔シ〕「それシェイクスピアが煉獄れんごくの炎をバックに殴りに来る奴」
〔松〕「史上最強に平和なハムレットデスネ」
〔仏〕「念のために言っておくが、松尾の叔母おばさんに向かって『まだ熟してない』って言い放つ奴の『秘蔵映像』だぞ。良ーく考えろ」

 その一言で、勢いよく仏像側の列に並んだ下野しもつけに舌打ちすると、えさは松尾のシャツの裾をつかんだ。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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