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障害者と舞台鑑賞 〜 誰も置き去りにしない観劇のために 〜


劇場で「障害者とそうでない人はフェアになれるだろうか」?

というのは、先日行った“障害者と舞台芸術”に関するトークイベントで、「そもそも福祉とアートについて深く議論する機会がないよね」という話題を受けて、あらためて考えたことです。

※以下、呼称はトークイベントにのっとって“障害者”としています。

わたしは数年前から“障害とアート”についてのプログラムに関わっていて、特別支援学級へのアーティスト派遣や、障害のある人とそうでないパフォーマーの共同作品などの現場にいました。
なかでも『舞台公演』というカタチに注目してみると、障害のある人が出演したり観に来たりすることでやらなければいけない運営作業がまったく違います。もう、通常の公演のノウハウではうまく運営できない。……そう思うほどに「劇場という場所にはバリアフリーはまだほど遠いんだな」と実感します。

もし舞台上なら、障害のある人とそうでない人がパフォーマーとして対等になることができると思います。舞台の上でできること・できないことは、障害の有無に関係なく誰でもそれぞれあることだから。車椅子ダンサーや言葉がうまく話せない俳優などは実際にいるけれど、舞台上ではそれが個性であり武器である魅力になります。でも、客席ではそうはいきません。

2015年から国連が、2030年の未来像として『SDGs(エスディジーズ)』を採択して、“誰も置き去りにしないために”を目指しています。そのために世界中が変わろうとしている今なのに、私が強く思ったこと。「障害にかかわらず舞台上ではフェアになれるけど、このままじゃ観客はずっと置き去りないんじゃないの?」。でもそれを議論する場すら(ほぼ)ありません。障害者対応できる舞台制作スタッフもおそらく数えるほどしかいません(劇場の専任スタッフではなく、です)。

下の写真は、トークイベントで紹介されていた「横浜市の文化施設へのアンケート」です。『舞台鑑賞での障害者サポートについて、対応に困ったことは?』への解答が紹介されています。そうですよ、こんなことが起こりうるし、実際に起こっているし、そして文化施設の人は「どうしたらいいんだろう?」と戸惑ったりしている……

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ここから、「障害のある方に劇場に来てもらうために、どんな準備・対応が必要か」を、わたしの経験にもとづき具体的に挙げてみます。わたしは公演の当日だけでなく運営準備から関わっていたので、本番だけでなくその前段階から書いてみます。どれも、障害者サポートを想定していない公演ではおそらくあまりやっていないことです。
(ただ、まだまだ観劇となると身体障害への対応のみがほとんどですが……)

少ない経験なので、経験豊富な方からすると「それはすぐ解決できるよ」とか「もっとこんな課題があるよ」というのがあるかもしれません。そしたらぜひ教えていただけると嬉しいです!そして、このnoteが、障害者対応未経験の制作の方の頭の片隅にでも止まったり、お客さんにも劇場で舞台を観ることについて少し思いを巡らせる機会になれば嬉しいです。

※以下、大きな劇場主催の公演ではなく、興行側が劇団などの貸し館公演や、小劇場公演の制作目線です。
※ここに書いたことが正解ではなく、現場や演目によっても違うし、もっと良い方法をいろんな方が問題提起することで改善できていったらいいなぁ、と思います。
※随時、追記更新します。

障害のある方が劇場にお客さんとして来る時に、どんな手順が発生するか
<目次>

【公演準備】
  ①劇場打ち合せ
  ②チケット予約
  ③客席配置
【公演当日】
  ①客席準備
  ②受付準備
  ③受付対応
  ④誘導
  ⑤上演中
  ⑥その他:予期せぬ出来事……

【公演準備】

①劇場打ち合せ

・車椅子の対応についての確認
物理的にスペースが必要な車椅子についてなど、公演情報を出す前に劇場と擦り合せなければいけません。たとえば「車椅子の入場導線」「客席に入れる台数」「トイレの環境と客席からの距離」「事前申請の有無」を確認します。劇場の形によって車椅子は客席ドアから入れなかったり、すべての観客が入ったあとでないと着席できなかったり、一定サイズ以上の車椅子は後ろ席のお客さんの視界の妨げになったりするのです。また、客席を潰して車椅子席を確保する場合もあり、前売りチケットを何枚まで売っても大丈夫かを計算しなければいけません。
ほか、車椅子の台数や導線によっては、劇場スタッフの方に対応していただく必要があります。その人員配置や出勤のためにも、車椅子の方の入場がわかるたびに劇場と情報共有します。
さらに公演の方針によっては「車椅子の方の当日券をどういう対応にするか?」も検討する必要があります。

・音声ガイドなどの確認
劇場によっては、音声ガイドや手話通訳などに対応してくださるところもあるので確認し、利用するか判断します。

・公演当日の対応の想定打ち合わせ
「上演中に車椅子の人が具合悪くなったら?トイレに行きたくなったら?」「声をあげたり騒ぐ人がでたら?」など、考えられる想定について事前に打ち合せしておきます。これによって、当日場内のどこに何人配置したらいいかが見えてきます。たいていの場合、普通の公演より人員が必要になりますが、劇場側が障害者観劇に積極的な場合は対応してくれたりもするかも……?

・自由席か?指定席か?
想定される障害者の方の様子をふまえて、どちらが誘導しやすいかを決定するのですが……できればチラシなど作る前からはやめに劇場に相談してみるといいと思います。誘導の導線や客席の状況によっては、どちらかが明確に適している!という場合がありますから。

たいていは、劇場ではなく公演制作側がサポートの人をつけての対応になると思います。そのため劇場には「こんな方がいらっしゃるかも」という報告&確認で良いです。あとは予約があれば都度、確認と共有と相談が発生してきます。

②チケット予約

・チケット料金の設定
介助者がある場合が多いので、介助者の料金設定をどうするかを確認する必要があります。無料にするか、割引にするか、全額いただくのか…….。
また、もし客席に指定の車椅子席がある場合、仮にその位置が端の方なら料金を安くする可能性も検討します。

・チケットの受付方:サポート内容の確認
人によって必要なサポートはまったく違います。「こういう条件なら観劇できますよ」と指定しない場合は、障害について細かくヒアリングする必要があります。事前にご本人(あるいはご家族)に、メールでもいいけれどできれば電話が細かく聞いておくのが良いです。
ex....「車椅子で観る?客席内は車椅子で移動するけど、観劇の時だけ座席に座る?」「車椅子の大きさは?」「介助者は一緒に観る?近くで待機してる?終演後に迎えに来る?」「介助者が観る場合、隣に座る?後ろに座る?」「手話通訳は必要?」「トイレの頻度は?」など。
まぁご本人が自分のことは自分でよくわかっているので、「あとなにかこちらで必要なことは?」「なにか不安はありますか?」と確認して教えていただきます。

・チケットの受付:当日の案内
スタッフの客席誘導が必要な場合は、当日の誘導手順について事前に案内をします。この時、当日の混乱を避けるために、申し訳ないですができるだけ早く到着時間をお願いできたらベスト(開演15分前など)

③客席配置

・誰がどの席か
一番考えなければいけないのは、通常の客席には座れないサイズの車椅子の場合や、劇場内に指定の車椅子座席がない場合。チケット料金が一般と同じなら、前で観ていただくのか?後ろで観ていただくのか?横で観ていただくのか?その位置を劇場や(場合によっては舞台監督さんと)検討します。
また、とくに車椅子客が複数名いる場合は「車椅子のサイズやタイプによって、車椅子客のなかでも客席入場の順番をつける必要があるか」によって、いつ入場していただくかも変わってきます。
手話が必要な場合は、どの客席なら手話通訳を見られるかを確認し、指定席にしなければいけません。
自閉症の方や、途中で声を発したり動いたりする可能性がある方の場合は出入口近くの席へ。たいていご家族が一緒にいらっしゃいます。また、現時点、劇場へ来ようとされる方は最後まで大人しく観られたり、観劇中に話したりしても小さなお子さんと同じくらいの反応だと思います。

・必要なものは?
「介助者のための固定しないイス」「特別に座高が低い方のためのクッション(お子様用のもので可)」など備品が必要そうな場合は、手配します。備えあれば憂いなし!

【公演当日】
①客席準備

・客席の設置
車椅子などが通路を通れるか、実際に幅を確認。また、客席誘導の際に、イス出しやなにかを動かすなどしなければいけない場合、舞台監督さんと「誰がやるか」「その際、なにに気をつけなければいけないか」を現場(客席)で確認します。でないと、お客さんの前でやりとりをする可能性もあるので……仕込みなど忙しい中でしょうが、事前に一緒に確認! 最後に、自由席の場合は貼り紙などで席を押さえておきます。

・場内スタッフの確認
車椅子用席の導線の確認、その他、席が決まっている人の場合はその席位置をスタッフで共有し、近くに場内スタッフを配置します。事前に誘導&遅刻対応&トラブル対応のシュミレーションが必要なので、そのための時間を他の部署とスケジュール調整します。

②受付まわり準備

・待機場所の設置
場内誘導をおこなう場合は、受付に来たあとにご案内する待機場所を設置&確認します。待機スペースが狭い場合は、数度にわけて入場しなければいけない可能性があるので、それに対応できる誘導人員を配置しておきます。

・誘導シミュレーション
特別に誘導が必要な場合は「担当スタッフをつける」「担当スタッフには事前に研修をする」などが必要。「車椅子の押し方、止め方」「目が見えない方の誘導の仕方」などを事前にレクチャーできる状態にしておき、当日現場でシミュレーションします。これ。当日だけのスタッフさんの場合、シミュレーションではうまくできても、実際のお客さんを目の前にすると固まってしまうことが多いです。ふだんから慣れている方がベストですが、なかなかそうもいないと思いますので……実際の受付時間以上の時間をつかって“一度やってみておく”ことができるといいですね。当日が忙しいならこの日までに!

・もし遅刻したら……?
サポートが必要な方がもし遅刻してきたら!!サポートの内容によって「入場できるタイミング」「誘導の仕方&導線」が変わってくる可能性があります。タイミングについては舞台監督と演出と上演内容に合わせて確認します。

③受付対応

・すでにチケットを持っている場合
誘導が必要な場合、ほかのお客さんに混ざって入場しないかを気をつけておきます。

・当日清算の場合
受付開始前にまず、介助者用のチケットを確認します。お金をいただくのかどうなのか……イレギュラーな少数の券種なので、混乱しないように、確認!
実際のチケット受け渡しの際は、介助者がいなくて本人が支払う時に時間がかかる可能性があります。言葉のコミュニケーションがスムーズではなかったり、お金を取り出すのに時間がかかったりすることがあるのです。とにかく受付対応の時間がかかる可能性があるので、受付システムはできるだけスッキリと!でないと長蛇の列で焦りまくることに……

・来ない……
誘導が必要な方が予定時刻までにいらっしゃらないと、すべての誘導手順に影響する可能性が……。開演前に携帯に電話できるといいですね。そのためにも、開演15分前集合、10分前までに来なければ電話(電話の担当者を決めておく)ができると良いかと。

④誘導

ほかのお客さんとぶつかったりしないように注意し、場合によっては付き添う必要があります。車椅子でもそれ以外でも、すれ違う人は相手がどんな状況の人か知らずに普通に歩いているので、狭い場内通路ですれ違う時にケガの危険に注意!

⑤上演中

・場内
場内スタッフの位置を、できるだけ近くに設定しておきます。その場内スタッフと会場外スタッフは常に連絡がとれる状態にするか、ある程度サポートに慣れている人に場内お願いします。また、できれば誘導から場内サポートまで一環して「あなたの担当はこの人!」というのを決めておきます。

・ロビー
なにかあった時に対処できる人員がつねにいるようにしておきます。

⑥その他:予期せぬ出来事……

私が「やらかしたー!」と思ったのが、障害のある方が来る可能性が多い舞台の場合、関係者もお客さんも“障害を特別視しない”ことによって『予約ミス』が起こる可能性があることです。
たとえば、私がかつて遭遇したミスとトラブル……
「ご本人や関係者から、予約時にサポートに必要なの申告が漏れていた(本人や知人にとってはあたりまえのことだし、かつ、お客さんや出演者は劇場の客席でなにを把握していないといけないかを知らないから、あえて申告しない)」
「サポートが必要な方が一般チケットをWEB購入していたので、障害の把握ができていなかった。そのため急きょ、別途座席が必要になった」
「単純に予約が漏れていた。席を確保しなければいけなかったけど、劇場の通常の客席じゃ対応できない!」
「当日にいつもと違う車椅子で来た」
「誘導が必要なのにたくさんのお客さんにまざって客席に入って行っちゃった結果、誘導スタッフが混乱した」
「入口で警備員に止められていた」
など……もっと挙げたらキリがない!そういう「あちゃー!そんなことが起こりえたかー!」についての対策をどこまで練っておくのか、事前想定が大事です(それが難しいんですけどね)

     *

挙げていたら長くなってきました。
ただ、これだけ書いてもまだ想定外のことが出てくるはず(っていうか絶対でてきます)。劇場の方の機転で何度助けていただいたことか……。

でも、障害を理由に観劇を諦める、なんてことがない世の中がいい。そのためには現場のことを共有して、予想して、対応していくことが、多くの人が共存する世界をつくることだと思います。舞台の魅力のひとつって、まったく自分と合わない人でも同じ空間で笑ったり泣いたりと肩並べて過ごせることだなぁと思いますから(すべての演目がそうだとは言わないし、すべての人ができるとも言わないけれど)。

今や、道路やショッピングモールや駅など、さまざまな場所でバリアフリー化が進んでいます。劇場も、少しずつそういう場所に近づけたらなぁ。

これまでにいろんな取り組みをされている団体や、知見を形にしている方々がいらっしゃているので、参考になる文献もたくさんあります。たとえば『観劇サポートガイドブック~視覚・聴覚障害者編~』無料配布。聴覚障害者だけでなく、視覚障害者への対応、設備面、制作面、予算の立て方など、TA-netが積み重ねてきた経験、知見をまとめたもので、以下よりダウンロードできます。


ただ、最初の方にも書きましたが、障害とアートとの関係のなかでも『観劇』となるととくにサポートは"身体障害"に限定されてしまいがちです。「ソフト面のつなぎ」についてはさらなる課題があると、トークイベントに登壇されていた鈴木励磁さんのツイートに後押しされて改めて実感しています。


誰も置き去りにしないために。

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