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  • その美しい花を 一輪貰えますか

    さいごに乞いたい 美しいだけのことばたちを

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丘の上の愛とやらを

―五月六日、夕暮れ時。 わたしはとうとう、父の目の前で穏やかに泣き腫らすことをしました。 根本にある障碍を晴らすことは出来ずとも、しとしと、から、ざあざあ、まで、ゆっくりと時間を掛けて、哀しみを降らしたのです。 、 いつか話せたら、と思っていたこと。指を端から折っていけば、片手では間に合わないほどには積もり積もっていました。 『努力することは、手放すこと』 どこかで拾ったそれのことだけを、長いこと考えていたけれど、まだ分からないままでいます。 感じたくもない感情

    • わたしの星には、裸足でおいで

      いま、此処。蹠がやさしく掴む、潮の引いた浅瀬。 ―そう、此処はわたしの星の芝だ。 、 いつからか“此処”を、わたしの生まれた“星”と認識するようになった。途端に、生きやすくなった。 生きていれば、多様なひとと出会う。一緒くたにする訳ではないが、喩えるのなら、反りが合わないひとは遠い星の住人。攻撃的なひとは、軍人さんの多い星の住人だ。異なる星のひとだと思えば、自ずと興味は湧き、敬意も生まれる。違いに怯えることも、無理に愛おしく思う必要もない。 無論、同郷もいる。おなじ星

      • 7:19に耳を澄ませて

        ーねえ、聞いて。わたしったら、今にも泣き出しそうだよ。 しんしんと降り積もったそれを、指紋という名の葉脈は振り払うこともせず飲み込むこともせず、溢れ落ちるのを必死に食い止める。行き場を失った人差し指を宥めるように、久しぶりに机に向かった。 「お誕生日、おめでとう。」 それは、恋文だった。誰がなんと言おうと、わたしに宛てられたそれはそれは美しい言の葉の羅列だった。 「あと、7時間後だね。」 そう、彼女は冒頭から含んだ物言いをしたが、わたしは含まれたそれの意味をよく知っ

        • 涙で栞を挟めてしまう

          -ねえ、夕凪だよ。 -うん、“ゆうなき” だね。 今は亡ききみが零したそれが 幼きぼくには耳慣れなくて、 違うままに掬い上げた。 正しさなんて愚かさなんて、 あの頃のぼくには邪魔だった。 きみがあまりに美しく 橙色に泣いていたから。 、 頁を捲る音がする。 白と白が切なく擦った音がする。 必ずだ。 必ずぼくらは二冊ずつ 積まれた塔から抜き取って、 レジを通して手提げに仕舞う。 小路を通って利き手を繋ぎ、 帰路に着いて布

        丘の上の愛とやらを

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        • その美しい花を 一輪貰えますか
          3本

        記事

          雨脚とワルツ

          夜だ。ひどくかなしい、夜だ。何があったわけではない。ただ、ただ、ひたすらに、何者でもない何かに暴力を受け続けていた。気付けばわたしはシャワーを浴びていて、また、気付けばわたしは何も身に纏うこともせず、膝を抱えて泣いていた。どんな風に泣いていたかと言われれば、数分前なのに思い出せもしない。雨雲に顔を埋めたお月様にでも聞いてみたら、と静かに捲し立てた。 ふと、弾かれるように腰を上げる。そのまま闇に縺れさせるはずの足をだらり床に這わせ、橙の照明ひとつ灯した屋根

          雨脚とワルツ

          青々しく、赤らめる

          家族の話をしよう。 わたしには、 父と母、そして3つ歳の離れた姉がいる。 - 父のこと 「おんぶと抱っこ、どっちがいい?」 幼少期、 わたしが夜も更けて目を擦り出すと、 父はいつも掌に選択肢を持たせてくれた。 ちいさなわたしにも裁量をくれることが なんだかとてもおおきなことに思えて、 うーん、とその日の気分と対話ばかりした。 ただ、その当時のわたしはと言うと、 父の背中の乗り心地がたまらなく好きで、 大方 「おんぶ!」と勢いよく答えていた気がする。 (それ

          青々しく、赤らめる

          空っぽで埋める

          『まるでわたしを知っているかのように物を言うのね、きみというひとは。』 僕は押し黙る。 答えられなかったのではなく 応えられなかったのだと、 ぼやっとしたあたまの中で、 誰かが僕に教えてくれた。 、 0時。 古びた電波時計が 聞いてもないのに報せてくれた。 無論、静けさを伴うほうの0だ。 ベランダに片脚を出せば、 生ぬるい風が熱を攫う。 冬に吹く夜風は あれほどまでに僕を脅かしてみせたのに 春に吹く夜風は 僕をいとも簡単に惑わせた。 ここはど

          空っぽで埋める

          今宵は冷蔵庫前で待ちぼうけ。

          今晩は。 取り留めもなく、父の話をしてみたい。 わたしの父はと言うと 根っからの食いしん坊でね。 当時大学生の彼はひとり暮らしで、 小さなぼろアパートの狭いキッチンで ビーフシチューを数時間煮込んだ という話を聴いたときには、 ああ、このひとには負けるなあと、 めずらしく勝ち負けで彼を測ったわけです。 ついでに、 片方の腰に手を遣るあの癖は もう既に染み付いていたのかな、と 染みのついたアパートの壁を思いながら ふふんと笑ったりもした。

          今宵は冷蔵庫前で待ちぼうけ。

          うみの底でひとり

          ああ、寂しくてたまらない。 咽び泣くわたしの声をかき消すように、 夜が一頻り鳴いているような気がした。 『寂しくないの?』 電話口に問われたその幾らか易しい問に、 何故だかひどく怯えた。 そうだねえ、と小休止を置くようにして 敬遠してる素振りに気付かれぬよう 身体中に疑問符を巡らせた。 ほんの一瞬、 鼓動が止み、闇が色褪せる。 『寂しいよ、寂しいけど、』 華奢な三日月が代弁してくれたようだ。 寂しいなと思うことは、多々ある。 同時に、こころが儚げに口

          うみの底でひとり

          愛しているから、手放したくもなる

          ああ、 どれだけきみが美しいか と言われれば、 『美しい』ということばを 忘れたくなるほどだ。 『美しい』という喩えより ぴたりとくる喩えに出会うために ことばの海を冒険してみたいなとか、 冒険しようのない きみへのまっすぐな気持ちを 態々確かめたいなとか、 ただ、そこには危うさはなくとも 脆さはあって。 月が付け足されたから 足元に星の欠片たちが 恍惚な水溜まりを生み、 月が付け足されたから 月と先程できたちいさな海の距離を わたしときみの距離を 遠く感

          愛しているから、手放したくもなる

          独り言と、ひとりごと

          先日、父が帰ってきた。 単身赴任の三年間、 母にとっては遠距離恋愛、 わたしにとっては 父の冒険を見守る日々だった。 『コンビニ行こうかな』 父は晩御飯を終えた後のお出掛けを好む。 『こんな遅くに?』 と眉を下げるの母と、 『一緒行くから待って』と 支度を始めるわたしと、 どちらも父への愛で役割というものだ。 寝巻きとコート、ちぐはぐな格好。 最寄りのコンビニに着くまでの7分間、 今宵の月の話をした。 燃えるような赤。 わたしの知らない

          独り言と、ひとりごと

          魔法使いは、愛を遣う

          言葉のことを想うと、 ふいに、つつうっと、 何かを手繰り寄せるように 言葉が身を寄せてくれてね。 ああ、 わたしにとって言葉って、と、 ひとりでに文の脈を繋いでくるものだから、 急いでそれらを 書き留めようとするのだけれど、 気付けばそれは姿を消していて、 中途半端な糸屑が いつも辺りに散らかっている。 はて、 それらを掻き集めたものが わたしの人生なのか、 はたまた、 全く異なる糸らしきものが、 知らず知らずのうちに人生を紡いでいるのか。 どち

          魔法使いは、愛を遣う

          孤独なお祝い

          わたしがわたしであることなんてさ、 誰にも手を加えられない ただ紛れもない淀みのない事実だ。 息の根は止められても 心の根は深くしたたかに 音をあげ続けるだろうし、 指揮のない伴奏のない その独りよがりな演奏には 観客さえも要らないだろう。 朝を捲り昼を刻み夜を啄む そのいくらかわからない、 ただ確かに力を持つわたしの人生に 代名詞らしきものを与えてあげるのなら、 それは美しい響きがしたらいいし きっとするだろうなと思う。 わたしはわたしが随分誇らしいようだ。 父はそ

          孤独なお祝い

          海の底は、空の天井で

          海と貝殻の話をしよう。 真っ白な夜の、紺碧な砂浜に腰掛けて。 そうね、人並みに、 下手したらそれ以上に、 ひとの顔色ばかり伺っていたのさ、 わたしという人間もね。 それを一辺倒に悪だなんて言わないけれど、 まあ、生きづらいね。 コンコン。 ドアを叩く手の甲をすり減らすことよりも、 叩く瞬間にいつも息を止めていることのほうが よっぽど心がきゅっと凝り固まる。 そんな感覚を拭い切れず、生きていたね。 それがいつの間にか、 解れたのかはたまた解けたのか、 隔たるもの

          海の底は、空の天井で

          愛然り、

          「どんな角度から見ても美しいというのが世界で、でもわたしにとっての美しさは、わたしとそれから君とだけが知っていてもいいと思うんだ。」 「ふたりぼっちだね。」 「そうだねえ。どうせなら、あなたの兄弟も入れようよ。」 「そして、君の姉も入れよう。お互いの両親もね。」 「これ最終的に60億人ぼっちになるよ、世界平和だね。」 、

          愛然り、

          サビのない曲を愛してみよう。

          年の暮れ。 365日の後ろのうしろのほうの、日々。 それをやたら大事に過ごしたくもなる、 勿体ぶって嗜みたくなる、 そんなこの時期が、なんとなく好きです。 襟をぴんと正したジャケットを 年明けだと例えるのなら、 袖をきゅっとしぼったブラウスを 年の暮れだと折り返したい。 ただの、なんてことない 12月28日の出来事。 人生の相棒である愛しきひとと、 銀杏の葉でなぞられた道を瞳でなぞり 時計の針より少し遅れた調子で 瞬きなんかで記憶を刻んだりもしながら、 ふたりだ

          サビのない曲を愛してみよう。