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うみの底でひとり


ああ、寂しくてたまらない。
咽び泣くわたしの声をかき消すように、
夜が一頻り鳴いているような気がした。


『寂しくないの?』

電話口に問われたその幾らか易しい問に、
何故だかひどく怯えた。

そうだねえ、と小休止を置くようにして
敬遠してる素振りに気付かれぬよう
身体中に疑問符を巡らせた。


ほんの一瞬、
鼓動が止み、闇が色褪せる。

『寂しいよ、寂しいけど、』

華奢な三日月が代弁してくれたようだ。


寂しいなと思うことは、多々ある。
同時に、こころが儚げに口角を上げる。

『寂しいなと思う、
ただ、それが人間ですから。』

分かっていたことじゃない。
埋め切らないことくらい、
代替品が存在しないことくらい、
いつの間にかわたしたちは、
知っていたことじゃない。

わざわざひけらかさないだけよ。
そうね、寂しいね、と宥めるだけよ。
背中をとんとん、さすってあげる。


さようなら、というのは、
なんだか後ろめたい。
いつか本当に訪れるそれを匂わすようで。

声が聴きたい、というのは、
なんだか煩わしい。
いつか訪れるそれを遠退けるようで。

吐き捨てることも
履き捨てることもなく、

抱き締めることも
おおよそ占めることもなく、

ただじっと、
人間らしく寂しいわたしの音を
聴いてあげるために息を潜め、
そっと吸っておおらかに吐こうと
そんなふうに思う。


ただ、

『一人なだけだよ、独りじゃない』

あの子がそう言ったとき
その音が意味あるものだと思えたから。

群れからはぐれた
ひとりぽっちの魚ではないと
母の手を見失い
泣きじゃくる幼子ではないと、

ただ『孤』を知りかけた
『個』だと思い知ることが出来たから。

わたしは今日もひとり、
誰かを想い、わたしのために涙するよ。


何も変わらない今日という日と、
何かが変わり続ける今日のわたしへ。

おやすみなさい。



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