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愛しているから、手放したくもなる


ああ、
どれだけきみが美しいか
と言われれば、

『美しい』ということばを
忘れたくなるほどだ。

『美しい』という喩えより
ぴたりとくる喩えに出会うために
ことばの海を冒険してみたいなとか、

冒険しようのない
きみへのまっすぐな気持ちを
態々確かめたいなとか、

ただ、そこには危うさはなくとも
脆さはあって。

月が付け足されたから
足元に星の欠片たちが
恍惚な水溜まりを生み、

月が付け足されたから
月と先程できたちいさな海の距離を
わたしときみの距離を
遠く感じずにはいられないね。

ただ、
それさえきみは
きみのものにしてしまうから、
きみのものになれないわたしは
そっと海に一筋の雫を垂らすよ。


愛するひとが認知症になった
お婆さんがいた。

何もかもを忘れてしまう彼と
ただ、何度でもきみを守るよと
手をきゅっと握る彼と、
どちらも紛れもなく愛する彼であり
そんな彼を幾度となく守る彼女がいた。


記憶が失くなれば感情だけが残る。
物事の感じ方はそのままだ、
何も変わらないよ。

彼女のことばだ。
そして、きみを想った。


何かを失くすことにひとは怯え
それが愛するひとであればなおさらで

でもわたしの力ではどうしようもなくて
だからせめて愛しているよと伝えたくて。

愛ということばを見失っても
きみという記憶に見放されても

それでもなお きみを想うきもち
青々しくそれでいて純白な
深々としてそれでいて宙を搔く

誰も知らないそれらを掬って
またきみの耳元で囁き零したい。

そうしてくすぐったいなと微笑むきみに
また何度でも恋をしたい。


たられば、をいくつ並べても
何も変わらないと知っていながら、

たられば、をいくつ並べても
きみを想うこころも変わらないことを
わたしは思い知りたいのだと思う。

不思議なものね。
こころはここに在るのだと、
きみはいつも教えてくれるよ。



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