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涙で栞を挟めてしまう


-ねえ、夕凪だよ。

-うん、“ゆうなき” だね。

今は亡ききみが零したそれが
幼きぼくには耳慣れなくて、
違うままに掬い上げた。

正しさなんて愚かさなんて、
あの頃のぼくには邪魔だった。
きみがあまりに美しく
橙色に泣いていたから。


頁を捲る音がする。
白と白が切なく擦った音がする。

必ずだ。
必ずぼくらは二冊ずつ
積まれた塔から抜き取って、
レジを通して手提げに仕舞う。

小路を通って利き手を繋ぎ、
帰路に着いて布団を被って、
深いうみに潜り込む。

一巡、二巡、三巡と
白と白が段々に黄味で覆われる。
きみへの愛で覆われる。

ことばのうみの泳ぎ方は
てんでばらばら、
ちぐはぐそのものだったが、

そうして互い違いに捲る行為を
ぼくらの人生だと呼び、
呼ぶ度に恥じらい、歓んだ。

そうであるなら
誰が栞を挟めるだろうと、
間を読み合い、
間も無く笑い合ったりもした。

理由なんて意味なんて、
あの頃のぼくらには邪魔だった。
夜があまりに愛おしく
黄金色に微笑んでいたから。


-きみのオールで漕ぐうみがすきだ。
ぼくがそう言うと

-浮かばれないものを浮かばせてくれる
そんな きみのうみが、

そう言いかけたまま
きみは泡になって、二年が経った。

おいおい、
ぼくの気持ちだけが浮かばれないなと
苦い笑いを浮かべた当時のぼくも、

やあやあ、
いつまで漕げば辿り着くのかと
問い続けるぼくも、
やけに愚かで無意味に思えた。


-ねえ、きみ。
-ねえ、あの頃のぼくら。
力なく声を掛ける。

橙のきみは何を想い、
互い違いのうみは何を詠ったのだろう。

いつだっていい。
つま先までで十分だから、
さざ波でこたえを運んでおくれよ、と。




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