見出し画像

器用貧乏で何が悪い!~HSS型HSPの生き方~


「もつ子さんは器用貧乏だね」と言われて自分を知る

大学生の時に、ある会社に入って仕事をしていた時
突然社長に言われた一言。

「あ、そうですか(笑)」
と内心では悪口を言われた気がして、動揺したものの
笑って受け流すことしかできなかった。

私はそれまで自分のことを器用貧乏なんて思ったこともなかったし、
器用貧乏という言葉自体もこれまで生きてきた中で言われたこともなかった。
言葉の意味もちゃんと理解してはいなかったが、
褒めてはいないということだけはわかった。

その後も仕事が忙しく、器用貧乏と言われたことを忘れていたが、
このままこの仕事をやり続けるかと思うようになり、自然と自己診断を多くやるようになった。

自分に当てはまることをチェックしていき、
あなたは○○という性格です。なので適職は~という診断を受ける。
ピンとくるようで、ピンとこない提示された私に合う職を見て
余計に悩む。

いろんな適職診断をやってみて、似たような結果が出て、
合っているようで、どれも違う気がする…。

その中で、あなたは他人からどんな風にみられてますか?という質問で
そういえばと思いだした一言。

「もつ子さんは器用貧乏だね」

この時、初めてこの言葉の意味を調べた。

器用貧乏・・・何事にも器用なために、あちらこちらに手を出し、いずれも中途半端となり、大成しないこと。

え、これ私じゃん…!

あちこち手を出すことが悪いなんて思ったことがなかった人生

器用貧乏という言葉を調べた後、覚えている限りの記憶から自分が興味持ったこと、やってきたことを思い出す作業をやってみた。

幼稚園から空手、習字教室の習い事をしながら
小学生の部活ではミニバスケットボールをしつつ、少し陸上の長距離をやり、中学もバスケを続け、高校ではソフトボールをやった。
もともと球技は得意だったため、体育の授業や高校の球技大会ではサッカーやバレー、テニスなどは最初からほかの人よりはできていた。

それもあってか、いろんなスポーツやりたいのに、
なんで部活は1個しか入れないのだろうと思うことも多々あった。

バスケも好きだけど、バレー部にも入りたい。ソフトボールも、ハンドボールもいいなあと自分がその競技をするイメージだけ膨らませていった。

単に運動神経が良いと言われればそれまでだが、見ればできた。

だがそこから努力して上手くなるということはなかった。
キャプテンになるくらいの実力もなく、半年過ぎるころには冷めていたと思う。ギリレギュラー入りくらいだった。

そういえば、中学の部活の顧問に「宝の持ち腐れだよ」って言われて
なぜか誇らしげだった記憶もある…。

わかってんじゃんって。
実力が発揮できない感覚もあって、どれだけ真面目に練習しても
自主練しても思うように動けなくて、辞めたくて辞めたくて仕方なかった。

バスケは好きだけど、自分がバスケをすることに興味はなくなり、
ただ我慢した部活動生活だった。

高校では理系にいながらも社会や英語、地理が好きで
理系クラスの中でなぜか英検受けているのは自分だけみたいなときもあった。(なんで受けてるん?って言われた記憶が…)

高校卒業後、韓国の大学に入学し専攻は生命科学だったが、専攻以外の授業も好きで、他の言語の授業や国際情勢、暗号の授業とか受け
大学2年生の後期で複数専攻として心理学を受講した。

長期休暇の時は、これまたいろんなことに興味があり、
旅行が好きで、お金もらえながらいろんなところ行けるのなんてラッキーと思いリゾバをやったり、チョコレートが好き、かつ稼げるということで百貨店のバレンタイン催事のマネキンをやったり…
(バイトは他にもいろいろやった)

大学を休学して中東に行き、ここでもいろいろやった。
(国際協力に興味があり、その一環としてアフリカ含め約半年滞在)

そのあとただ日本に帰るなんてもったいないと思い、トルコ・イスタンブールからヨーロッパ1人旅をしてみた。
(3週間で11か国、女1人旅という題名で書いたので、こちらも見ていただけたら嬉しいです!)

中東での活動から、ボランティアや支援としてではなくビジネスというかたちが国際協力では必要なのではと思い、独立支援もやっている会社で修行も兼ねて営業からマネジメントまでを約1年半やった。

休学期間は最大2年だったので、韓国に戻り無事卒業し、
その時これまたいろいろあって、日本に戻ってから着物販売の仕事に就いた。

接客営業以外のことをしたい、会社に出社しなくてもいい仕事がしたい。
手に職をつければどこでもやっていけると思い、エステティシャンを志した。

やってみてやっぱり接客嫌だと思ってしまい、今は通訳コーディネーターとi医療系サポートのバイトと民泊のオペレーションの仕事をしている。

エステティシャンをやっていた時は、NGOの社会人ボランティアとして空いている時間に記事作成やSNS更新等やっていた。

あ、あと今は保護猫預かりボランティアも始めた。

仕事は大体が、どれも最初からできていることが多かった。
のみこみが早いらしい。

ここまで見ていただけたらわかるが、確かに人より多くのことをしてはいるが、どれも短期間。長くは続いてない。やり続けることができない。

だって、もう興味なくなったから。

いや、考えが変わったから。

どれもその時、興味を持って遊びなんかじゃなく真剣に考えた結果、
いろいろやってきたんだ。

後悔したことなんて1つもない。

だから、器用貧乏で何が悪いんだ!!!

考えが浅いと言われても、この衝動は止められない!

たくさん転職をする中で、たくさん面接を受けてきた。
面接官の中には、

「そこまで考えれなかったの?」
「もっと調べてから動けなかったの?」
「君に何がわかるの?」

とか言われることもあった。

自分の考えを素直に伝えることは、今この場であった人に自分を否定されることなんだと学んだ。

もちろん面接官の方も、それに対してどう返してくるかとか
辞めない人材なのか、この会社に合う人なのか、やっていけるかなどの判断のためにしているとは思う。

でも、そう言われる度に私も心の中ではこう思っていた。

「あなたに私の考えが理解できないからだろ!」

それに、調べて何度も何度も頭の中でイメージした結果、応募している。
イメージの中で、悪く出るときもあるけど、
この経験をしたいという衝動が止められないから、忘れられないから応募したんじゃ~!

って。

未経験だからって怯むことなんてない。

私は、それがやりたいんだ!!!

意外にいろいろ手出ししている人は多い

人と接する仕事やいろんな仕事を通して得たことは、
他の人の人生を知ることだったと思う。

それもあってか、自分が器用貧乏って言われても
仕事を何度も変えても、専門性がなくても
自分を否定せずにやってこられたんじゃないかと思う。

またどういうきっかけかは忘れたが、自分がHSS型HSPだと知って
より自分を肯定することができるようになった。

記事に残したい話はたくさんあるが、自分は途中でやめる癖があるので、更新しないこともでてくると思う。

けど私自身もいろんな人の人生を聞いて、
こういうのもありなんだ!
と救われることもあった。

だから書ける範囲の私の人生を見て、
少しでも自己肯定につながる人がいれば幸いです。

この記事が参加している募集

#この経験に学べ

53,734件

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?