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理由をつけて自分を納得させるほうがラクだったのかもしれない

村井理子さんの『全員悪人』を読んだ。認知症になった女性から見た世界を描いた作品。

この本の主人公は、自分が認知症になっているとは想像もしていないし、脳梗塞で倒れた夫のほうが軽い認知症になってしまったのだと思っている。そのため自分がデイサービスに行くのは夫の付き添いであり、デイサービスの職員さんたちが自分に対して幼稚園児に話しかけてくることが不快。家に出入りするようになった人たち(介護職員さんたち)のことは誰だかわからないので、夫の愛人だと思って疑っていたりする。

この本を読んで、もしも自分の家に知らない人がいて、料理をしたり掃除をしたりしていたらとても怖いと思う。たとえ笑顔で接してこられても、いやいやあなた誰なんですか???と思うはず。認知症だと思っているのは家族ばかりで、自分は自分のことを認知症だと思っていなければ、こんな風に世界は見えているんだろうなというのがよくわかる本だった。


主人公は物忘れが多くなった自分には気づいていて、だけど忘れてしまったことを思い出す作業にはとても疲れてしまう。なので自分を納得させる理由を自分で作り上げ、自分の作り上げた理由に自分で翻弄されていく。

たとえば見知らぬ人が我が家で料理をしていることも、夫が愛人を家に連れてきたのだと考えるようになる。見知らぬ人が家にいる理由がわからないので、夫のせいだと思うようになるのだけど、でもそのおかげで夫が不貞を働いていることを夢にまで見るようになり、やがてその夢は現実と思い込むようになって主人公はある行動に出る。ここは怖かった。


そういった「理由をつけて自分を納得させる」という行動を読みながら、これって認知症じゃなくてもやっていることなんじゃないかと気づいた。

たとえば恋人が浮気をしているかもしれないと疑っているとき、恋人のあらゆる動作が浮気に繋がっているような気がして、ずっと疑心暗鬼になっていたことが私にもあった。原因は彼の浮気癖のひどさだったけれど、証拠がないものもいくつかはあって、証拠がなくても彼を信じることはできず、つねに疑っていたよなぁと思い出した。

たぶん「理由をつけて自分を納得させる」ことで、自分を守っていたんだと思う。彼の行動の意味がよくわからないとき、それは浮気をしているからだと考えてしまうほうが、理由がわからずにモヤモヤとしているよりはずっとマシだったんじゃないかと思う。

自分が傷つくことだとしても、何もわからずにモヤモヤしているほうが耐えられない。だから「理由をつけて自分を納得させる」ほうを選んでいたんだろうな。


それにしても村井理子さんってスゴイ。認知症患者となったお姑さんがいるらしいのだけど、そのお姑さんの言動を受け、認知症の人の頭の中はこうなっているんじゃないかと推測できるって本当にスゴイ。

そして『全員悪人』にも登場する脳梗塞をわずらったお舅さんは、本の中では温和な感じだけど実際は激しい人のようでビックリした。村井さんとても大変そう・・・。


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