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読書日記・なんとも暮らしにくそう

5月21日(日)

息子と公園へ行き小高い丘にのぼったら、思っていた以上に高さがあったために怖くて足が震えた。高所恐怖症のくせにどうして高いところにのぼったのかと自分を責める。ここにいてはいけない!とにかくおりよう!と思ったものの、足がすくんで動くことができない。本気で助けを呼ぼうかと考える。でも誰に? 悠々と坂を駆けおりる息子に「お願い!待って!!」と涙声で叫ぶ母親。息子は戻ってきてくれて私の手を引きながら、「ママ、大丈夫だよ。僕が手を引いてあげるからね」と言ってくれて、今度はその優しさに泣きそうになった。怖がりだと思っていた息子が助けてくれたことに涙が出そうになったところで、私の後ろを歩いていた見知らぬ女の子が足を滑らせて「キャー!!」と言いながら転んだので、つられた私も思わず「ギャー!!!!!」と声が出た。涙は引っ込んだ。

読んでいたのは、村井理子さんの『ふたご母戦記』

村井さんは高齢で双子を出産したと本にあって、高齢って何歳なんだろう?と思ったら35歳だったのでビックリした。たしかに35歳から高齢出産だと病院では言われているけれど、35歳なんてまだまだこれからすぎて「高齢」の文字がしっくりこない。35歳なんてまだ鼻水たらしてるころじゃない? え?私だけ??? 


5月22日(月)

娘からうつったと思った風邪はどうやら治り、それとは別の風邪を引いてしまったような気がして、家の中でもマスク生活がスタートした。娘の咳をひんぱんに浴びている息子は「目が痛い」と言い出したので、もしかして風邪菌が目に入った???と思ったのだけど、一時間ぐらいしたら目が開くようになったのでホッとした。でも何だったのだろうか。そしてこの状況の中でまったくの無傷でいる夫を改めて異星人のような気持ちで見てしまう。周りがどれだけ病気になっても健康でいることは良いことだけれども、しかしどうして夫には病気がうつらないのだろうかと不思議で仕方がない。夫は「俺の免疫力は人と違うからね」と言っていた。何とかは風邪が引かないの間違いでは?と思ったものの、面と向かって言うのはかわいそうかと思って小さな声で面と向かって言った。

読んでいたのは、『絶望名人カフカの人生論』

カフカはネガティブなことをたくさん考えていたらしく、そのネガティブさがまとめられた一冊なのだけど、中でも気になったのはコレ👇

ミルクのコップを口のところに持ち上げるのさえ怖くなります。
そのコップが、目の前で砕け散り、破片が顔に飛んでくることも、
起きないとは限らないからです。

『絶望名人カフカの人生論』より引用

そうそう、コップが目の前で砕け散るかもという恐怖、確かにあるよね~と思っていたのだけど、このネガティブに対して『絶望名人カフカの人生論』の著者である頭木さんの言葉が印象的だった👇

コップに入ったミルクを飲むという、日常のささいな行為にまで、カフカは怖れや心配を感じています。「意味がわからない」と思う人もいるかもしれません。
でも、たとえば、自分が将来、どんな不幸に見舞われないとも限らないという怖れや心配は、多くの人の心にあるでしょう。
そうした心配が高じてくると、ついには何をするのも怖くなってしまうものなのです。
なんとも暮らしにくそうですが。

『絶望名人カフカの人生論』より引用

この最後の「なんとも暮らしにくそうですが」に思わず笑ってしまった。子どものころは、誰もが同じようにこういう恐怖心を持ち合わせていると思っていたので、暮らしにくさとか生きにくさなんて考えたこともなかったけれど、大人になってどうやら多くの人はこういう恐怖心を持っていないと知ったとき、とてつもない衝撃を受けた。何をするにも恐怖心がまとわりついて離れなくて、むしろ恐怖心に私が動かされているようにも思っていたのに、多くの人はそういう感覚を抱いたこともないらしいと知ったときは本当にビックリした。今のところ、同じような感覚を持っている人間には一人しか出会ったことがない。その一人とは息子のこと。「暮らしにくそう」だと思われる親子だけど、これからもがんばろうぜ。

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