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第7章 Unschärferelation−2

 シャープペンシルを予備のものに持ち替え、統計学のテキストをパラパラとめくりながら問題を解き始めた。標準偏差を出して変動係数を求める。正規分布から信頼区間を求める。t検定を行う。自分がどこが分からないのかを確かめながら進めていく。1~2時間くらいたっただろうか。一通りテキストをやり終えた。特に問題な、ほとんどの問題をスラスラと解けるようだ。少し休憩をするかと思い、伸びをした。それにしても康平は戻ってこなかった。「遅いな。」と思い、僕はなんだかむず痒い気持ちになりコピー機のある図書館の2階へと足を運んだ。コピー機の前には誰もおらず、シーンとしていた。「あいつどこにいったんだ。」そう思いながら僕は、2階をフラフラと歩いた。階段の突き当たりにある小説コーナーにもいない。ちょっと奥にある詩集コーナーにもいない。さらに奥にある自己啓発本コーナーにもいない。もしかしたら、この階にはもういないのかもしれない。「どこだろう。」僕は、図書館の3階へ進んだ。3階は学術誌コーナーが占めており、難しい本がたくさん並んでいた。「康平」と声を出して呼びたいのだが、ここは図書館であるため、そうすることを憚られてしまう。

「ドスン」

大きな音がした。学術誌コーナーの中でも物理学の方から音がした。僕は急いで音が鳴る方へ足を運んだ。しかし、そこには康平ではなく違う人、おそらく物理学科の学生だろうか。黒縁メガネをして背は僕より高く170cmくらい。体型はやや痩せ型の男の人だった。多分研究室で使う資料集めか何かで、たまたま学術書を落としてしまったのだろう。

「すみません、何かようですか。」

男が僕に話しかけてきた。「しまった。」と僕は思った。先ほどから彼を分析するあまりジロジロとみていたのかもしれない。僕の悪い癖である。人を分析するときに、昆虫を顕微鏡で観察するように無意識に眺めてしまう癖があるのだ。

「いいえ、さっきこちらから物音がしたので気になって。」

「ああ。そういうことね。さっき、熱統計力学の本を落としちゃって。あいつ重いし掴みづらいし上の棚にあるしでね。もっといい場所に保管してほしい。熱統計力学なんて量子力学みたいに厨二病燻らせない学問だからって除け者にして。困った図書委員会だよ。」

男は、ブツブツと日頃の不満を呟いた。

「ところで君は、熱力学に興味はあるかい。」

男は突然僕に話を振ってきた。

「熱力学はあまり、その。興味はないですかね。」

「そうか。そうか。」

男は、それを聞いてガッカリしたようにも見えたし、やはりなというようにも見えた。僕が苦笑いを浮かべていると男は、目を光らせながら続けた。

「熱力学は偉大なんだよ。エネルギーのやり取りについてまさに納得のいく理論が展開されている。身近なところだと、ある化学反応が進行するのかしないのか、物質の安定性、個体や液体や気体の状態変化なんかだって熱力学さ。なんと言ってもエンタルピーやエントロピーという概念を取り入れてことはかなり大きい功績だと思う。自分はね、ボルツマンを尊敬している。アインシュタインも確かに優れていたが、ボルツマンという存在が大好きなんだ。熱統計力学の父とも言えるような存在だからね。まさに神のような存在さ。」

「そ、そうなんですね。」

僕は、半歩体を下げてこの場を立ち去ろうとしたが、男の話は止まらなかった。それどころかむしろ男はどんどん話す速度が早くなり、僕が話についていけずに置いてけぼりを食らっていることにすら気づかないでいた。仕方ないので、僕は適当に相槌をしてこの場を早く立ち去りたかった。しかし、彼はそんなことは許してはくれず、30分くらい経っただろうか。ずっと熱力学の素晴らしさについて語ってきた。

「ーであるからして、熱力学とは偉大なんだよ。わかってくれたかな。」

「はい。すごい学問なんですね。」

「うんうん。君もぜひ、熱力学を学んでみるといい。じゃあ、自分はこれで失礼するよ。実験が待っているんでね。」

「はーい。」

引きつった笑顔を浮かべながら乾いた返事をした。男は、満足げに階段を降りて図書館を去っていった。「ふーっ。」僕は疲れがどっと流れ出てきた。全く、飛んだ災難だった。ああいうオタクタイプの人に捕まるとなかなか帰らしてくれない。「そういえば、なんでこの階に来たんだっけ。」と康平を探しにきた目的を忘れてしまいそうになってしまった。いけないいけないと思いながら、僕はまだ確認していない4階へと足をすすめた。

 4階は学術誌の続きのコーナーである。また、さっきみたいに変な人に捕まってしまうと面倒だと思い、さっきよりも少し足速に進んだ。しかし、4階を見渡したものの、康平の姿は全く見つけることができなかった。「全く、どこにいってしまったんだよ。」小さく呟いた。あとは、重要文献がある5階と6階、講演室の7階だけだった。とりあえず、全てのフロアを除いてみるかと思い、階段を再び上がった。5階も6階も誰もいなかった。確かに、重要文献の保管されている5階や6階にいる人など滅多ににいない。そもそも重要な書類とは言われているが、その重要性も理解していなかった。興味本位で適当な本棚に手を伸ばし、開いてみた。夏目漱石の初版本だった。作品名は、「こころ」だった。懐かしい。そういえば、高校の現代文の授業で扱われた作品だった。先生と呼ばれる人と主人公のお話。大学を卒業した主人公の元に先生からの遺書が突然届く。自分の生涯について話す。生活に困窮していた友人のKを自らも住んでいる下宿に住まわせることにした。下宿にはとても綺麗なお嬢さんがいて、ある日、Kからお嬢さんのことが好きだと告げられる。だが、先生もずっとお嬢さんに思いを寄せていた。Kにお嬢さんを盗られてしまうと思った先生は、Kより先にお嬢さんに想いを告げる。(正確には、お嬢さんのお母さんに娘さんをくださいというのだが。)想いを告げた夕食時、先生とお嬢さんの様子がおかしいことに気が付いたKは真実を知った。そして、Kは遺書と共に自殺してしまう。Kの死は先生が犯してしまった罪であるという意識を抱えながら生きていく。主人公と出逢い、最後に先生も自殺するというお話だった。ただの青春時代の恋ごとが、人の生き死にに関わってしまう。人の醜さや命の重みを感じるような深い作品だ。僕は、そんな作品に心を打たれ、わざわざ本屋にいって文庫本を買ったのを今でも覚えている。その初版本がこの図書館に存在していたのだ。まさか、こんなすごいものがあったなんて、とても驚いた。久しぶりに、夏目漱石の「こころ」が読みたくなった。家に帰ったら本棚を探してみようと思いながら、本を戻した。「他には、何があるだろうか。」再び足をすすめ、適当な本棚へ動き、再び本を手に取った。そこには、「ulula」と書かれた本があったー。

 いや、あったのか。「ulula」があったのか。そんなはずはない。懐古の記憶の中に。僕はあの書店で出会う前に「ulula」に出会っていた。分からない。僕は今大学生なのかくたびれた社会人なのか分からなくなっていた。ここは、大学の図書館で、康平を探していたはずなのに。おかしいな。電車の中にいる。人に囲まれている。統計学のテスト勉強は。いつの間にか半袖のシャツが長袖のシャツに黒いコートを纏っていた。

「次は天神天神。」

車内にアナウンスが流れる。揺れる電車がブレーキをかけ始め、慣性が歪み始める。ゆらついた車内で吊り革を持った人が何人かよろめくのが見えた。「ああ、僕は寝ていたのか。懐かしい思い出に浸りながら。」多分色々なことがあって疲れていたんだと思う。精神的にも肉体的にも。緩やかに自分の体と脳を覚醒させてゆく。電車が泊まり、天神駅に着いた。僕は、人混みの中をもう一度泳ぐことにした。

 改札を抜けると、人混みの流れは少し希釈された。やっと息が吸える。そんな気持ちになっていた。階段を登り、外に出るとすっかり当たりは暗くなっていた。先ほどまで黄昏ていた空は黒く暗い世界に姿を変えていた。冬というものは、すぐ空が暗くなるから1日が短く感じる。僕は、冬も好きではあったが、あまりこの寒さが得意ではなかった。夏の暑さの方がどちらかというと得意だった。北風がビューと頬を掠めた。福岡は海風が流れるため、冬はとても冷える。雪も降るくらいだ。早く店へ向かおうと、僕はスマートフォンで地図アプリを開きながら目的のお店へと急いだ。

「ピロリン」

スマートフォンから通知が一通届いた。

「もうついたけど、店の中にいる人いますか?」

康平からだった。あいつは、こういう飲み会に関しては集合がめちゃくちゃ早かった。変わってないなと思いながら「まだです。」という返信をメッセージで飛ばした。再び歩き出そうとした時、横断歩道の信号が赤になり、信号待ちをすることとなってしまった。

「あれ、露祺じゃね。」

後ろから懐かしい声が聞こえた。

「竹村さん。お久しぶりです。」

先輩の竹村さんだった。竹村さんはゼミの先輩で、今は大手器械系企業の営業マンだ。今日の飲み会にも参加するメンバーの一人だった。

「露祺もちょうどだったのか。久しぶりにみんなに会えるのは楽しみだったよ。」

「僕もです。先輩は今日はお仕事ですか。」

僕は、先輩の格好がスーツにコートを羽織っており、仕事終わりの感じが出ていたので聞いてみた。

「そうそう。今日が仕事納めだよ。本当に忙しくてね。」

「さすが大手企業ですね。」

「まあね。」

先輩と僕は、たわいのない雑談をしながら青に変わった横断歩道を歩いた。北風に吹かれ、足速に待ち合わせの居酒屋へと足を運んだ。

「いらっしゃいませ。」

カウンターにいる大将の声が店内に響いた。店内は、いくつかのテーブル席と座敷、そしてカウンター席があった。僕がキョロキョロと店内を見渡していると康平がこちらに気づいて手を振った。僕と竹村先輩は康平のいるテーブル席へ向かった。

「遅いっすよ、二人とも。待ちくたびれました。」

「お前が早すぎるんだよ。いつも飲み会の時だけ早いんだから。」

「飲み会のためだけに人生生きてますから。学生の頃からベロベロになるまで酔って締めにラーメン食べて、吐きながら帰るのが楽しいじゃないですか。生きてるって感じがしませんか。」

「まあ、分からなくもない。朝日を浴びながら帰って二日酔いで次の日ダメになっちゃうのは、生きてる感じするな。」

「その前に、康平は家に帰り着く前にいつも路上で寝てるじゃないか。」

みんな大笑いした。懐かしい。大学生の頃を思い出す。馬鹿なことばかりしていた大学生活が懐かしい。僕らは、とりあえず、生ビールといくつかつまみになりそうなものを注文した。

「お通しと生ビールです。」

「ありがとうございます。」

みんなビールジョッキを持ち乾杯をした。ゴクリゴクリとビールを喉に流し込む。ああ。喉を通るビールが心地よい。ビールなんていつぶりだろう。僕は、普段ビールを飲まない。こういう飲み会の時くらいしか飲まないので、だいぶ久しぶりに感じる。

「やっぱり、最初は生っすね。」

「そうだな。最近みんなどうよ。仕事は。」

「大変ですね。マジで変な生徒や先生が多いですね。」

康平が話し始めた。康平は中学校で先生をやっている。あんなちゃらんぽらんな康平ではあるが、今ではしっかりした中学校で担任を受け持っているらしい。

「いやね。先生でも採用試験受かっていないやつがいるんですよ。その先生が全然仕事できなし、教え方下手くそなんですよ。しかもそいつ、4年も教員採用試験受かってないらしいんですよ。まあ、授業見てたら受からない理由はわかりますよ。容量掴めてない感じがひしひしと伝わってきます。」

「そりゃ、ひどいな。教師っていうのは人の人生に寄り添う職業だからな。生徒が可哀想だな。」

「確かに。生徒からしたら教師ってすごい人だから、その発言に大きく影響を受けそうだな。」

「責任感がないんですよね。まあ、俺がいうのもなんですが。正直、生徒のためにというよりは、自分の学生時代の栄光に浸っているというか。人生経験が上だからみたいな感じで語るんですよ。受験論とか。まず、教員採用試験受かってから語れよってね。」

康平がビールはすでにビールの2杯目を飲み終えていた。こいつペース配分大丈夫か。と少し心配になった。それはさておき、確かに康平の気持ちもわかる。こんな歪んだ教師論を語っているやつが堂々と生徒に教えていると思うと日本の未来が心配になる。僕もかつて高校生の頃、教師に理不尽なことを言われたことがあるし、偉そうなことを言われたこともある。「お前はもっと遊んだ方がいい。」教員採用試験に受からない教師から言われた言葉だった。僕の通う高校の先輩で国公立に推薦入学したものの教員採用試験に受からないという残念な人だった。遊べという彼に僕はもっと勉強したほうがいいだろと思っていた。ある時、僕がYouTubeで数学を勉強しているといったことがある。それを聞いた教師は、「YouTubeなんかで勉強するな。」といってきた。しかし、先生が教えるよりよっぽど面白かったし、わかりやすかった。さらに、模試での成績も授業を受けていた時よりも成績が良くなったのだ。自称進学校というレッテルの貼られた高校は、無駄に課題が多く個人にあった学習よりも質よりも量。間違ったベクトルの学習を行なっていた。そういえば、高校の数学の範囲を端折って「ここは自学でできるから飛ばします。」と教師が行なっていた。僕は、シラバスには全て学習すると書いてあるのになぜ飛ばすのかと文句を言ったことがある。教師は話を聞いてくれなかった。教科書に書いてあることをベースに作られる大学入試の問題なのに教科書の単元を端折っている。「尊いはずの学問をたかが高校教師にいらないと判断できるのだろうか。」そんな疑問を抱えてしまった僕は高校生活のモチベーションが下がっていた。あの教師は今どうしているだろうか。今でもそのエゴを通して不幸な生徒を生産しているのだろうか。

「おい、露祺。もう酔ってるのか。」

康平が僕に話しかけてきた。僕は、少しボーッとしてしまっていたみたいだ。

「ごめん。ごめん。とりあえず、ハイボール追加で注文して。」

「飲むね。露祺は、どうなのよ。仕事の方は。」

先輩が僕に話を振ってきた。僕は、どこまで言っていいのかを考えた。本気すぎると場が白けてしまうし、軽すぎるとつまらない話になってしまう。まあ、いいか。とりあえず話すかな。

「実は、最近転職を考えています。」

「おお。どうして転職したいんだ。」

「いや、あんまりやりがいを感じないんですよね。今やっている自分の仕事が誰の役に立っているのか。頭ではわかっているんですよ。でもね、心がそれを理解できていないんですよね。」

「確かに、自分の仕事のやりがいがわからないと、しんどいよな。」

先輩と康平は頷きながらさっき注文しただし巻き卵を頬張った。熱々のだし巻き卵の湯気がゆらゆらとしている中、僕は続けた。

「最近、尊敬していた先輩が辞めちゃったんですよね。自分の夢のために、やりたいことをするために転職を決めたということを聞いたんですよ。その時からなんですよね。なんだろう。自分のしたいことって。」

「露祺は、何がしたいの。」

康平が枝豆を齧りながら問いてきた。

「わからないんだ。結局自分が何をしたいのかが。やりたいことが上手く自分の中でやりたいことが定まらない。」

僕は、届いたばかりのハイボールの炭酸が弾けるのを見つめながら呟いた。シュワシュワと音を立てるハイボールの炭酸がいつになく寂しそうに見えた。

「なるほどね。何がしたいなんてなかなかわからないよな。俺も中学教師なんてやっているが、それが本当に心やりたいことなのかと問われるとそうではないよ。」

「確かに。俺も、営業なんてしちゃいるが本当に心から営業がしたいかなんて思っていないからな。」

「俺は、不労所得が欲しいですわ。もう働きたくない。SNSやYouTubeで見かける金持ちの日常的なの憧れます。」

「いいよね。あれ。綺麗な家に住んで、猫と一緒に暮らしてるなんて羨ましいよ。」

「わかるわかる。税金もどんどん高くなるじゃん。給料も上がらないし、交通費に住宅手当と課税課税って。日本このままじゃ本当に生きていけなくなっちゃうよな。」

「政治家の給料や議員数は全く変わらないですしね。」

「選挙に行け行け言われますけど、まともな政治家がいやしないですし、行ったところで超マイノリティな若者が投票しても選挙は変わらないですもんね。」

「少子化問題も大変だよな。結局、国は対策をするとか言っていたけど全然何も行わず、ここまできてしまった。年寄りばかりが増えて大変だよ。」

「老害ですね。こないだも老人が車で事故をしたり、歩行中の老人が子供に手をあげたり、若者と口論になったりと色々ニュースになっていましたもんね。」

「それな。自動操縦の車との事故の7割が老人って考えると、早く免許返納して欲しいですね。」

「まあ、年寄りに限って免許は返納しないからな。」

僕らは、社会問題に関して話し始めた。若者が憂いた世界。年寄りが若者の養分を吸いつくし、未来が失われていっているように感じる。議論が深くなるほど、ハイボールから日本酒やワインといったアルコール度数の高いお酒へと変わっていく。まあ、酒なんて飲んでいないとやってられないのは間違いないのだ。バブルや高度経済成長期といった明るい未来を感じられなかった僕らの世代は、希望というものを持たせてはくれなかった。むしろ、世界的なウイルス感染や他国の戦争。地球温暖化など深刻化する問題ばかり叩きつけられ八方塞がりのように思えた。さらに下の世代はAIなどに適応していき、才能を開花させるような子達がチラホラ出始めた。僕らは、上からも下からも抑圧され、このまま不遇の世代として、Z世代という黒歴史として歴史に名を連ねるのだろうか。「そんなのはいやだ。」僕はどうにかしたかった。

「結局どうすればいい社会になるのかな。」

先輩が酒盗を片手に僕らに問いかけた。

「うーん。どうすればいいんでしょうかね。」

康平も僕も先輩も具体的にどうすればいいかを考え始めた。この日本がどうすれば明るくなるんのかを。

「そもそも今の政治が腐っていると思うんですよ。」

「確かに。老いた議員や2世、3世といった議員が増えては庶民の暮らしに寄り添うなんて無理だもんな。」

「老人に今の子育て世代の気持ちなんてわかりはしませんもん。」

「議員に定年制度を設けましょう。これなら老人がいつまでものさばることはありません。」

「いいなそれ。あとは、親が政治家の人は政治家になれないというのはどうかな。」

「確かに。それはいい。親の七光りで登場する人も多いですし、本当に才能がある人は例外としてそういった制度は必要だと思います。」

「あと、子供制作。一人生まれたら1000万円。子供にかかるものの税金の廃止。なんてどうですかね。」

「採用。このくらいしないと少子化なんて止まるわけない。」

「てか、そもそも国公認のマッチングアプリなんてどうですか。そもそも出会いがないわけですし、国からの支援をして欲しいです。」

「分かる。今のマッチングアプリは、男側がやたらと払わされてるし、女性側はあまり本気じゃないケースが多い。男女平等とか謳っている割には不公平なんだよな。公平にしてほしい。」

「そうなんすよ。こないだマッチングアプリで出会った女の子なんですけど。マッチングしたのに一言も返事こないでずっとそのままなんですよ。じゃあなんでマッチしたんだよって。」

「それはきついね。俺も1回目は会えたけど2回目は会えなかったケースがある。」

「康平でもそんなことあるんだ。」

「いや、俺も顔に出ちゃっているのかもしれないですね。結婚意識してるとこの人は結婚に向いているのかな。なんか逆に疲れちゃって。純粋に楽しめないです。マッチングアプリなんて当てにしないで、普通に出会った女の子と付き合えたんですけどね。」

「最後のが余計だ。」

僕は思わず康平に突っ込んだ。こいつはいつもそういうところがある。

「でもまあ、今の彼女ともそろそろ結婚を意識しなきゃとは思っているんですけど、なかなか踏切がつかなくて。結婚すると色々お金がかかるじゃないですか。」

「結婚式に新居への引越しとかあるもんな。」

「じゃあ、結婚したら国からお金もらえる制度もいいかもしれませんね。」

「それ面白いな。でも、結婚詐欺的なのも増えそう。」

「まあ、そこは仕方ないんじゃないですかね。犠牲はつきものだし、まずは導入してみて問題が出てきたら法案でそこを取り締まる。どんな完璧な法律でもどこかに穴があるわけだし。」

「じゃあ、決まりですね。」

僕らは一同うんうんと頷いた。

「選挙に関しても若者の票の重みを増やすのは必要だと思います。」

「確かに。今のままじゃ、年寄りが有利な法案しか通らないですもんね。」

「自らを犠牲に、票を入れる年寄りなんてそれこそ超超マイノリティーだしな。」

「そんな人若者でもなかなかいませんよ。それに、そんな人が今の日本にいたらもっと幸せな社会ができているんじゃないですかね。」

「自己犠牲の社会なんて良いとは思えないけどな。」

「確かに、息苦しい世界になりそうです。」

僕は、ちょっと想像してみた。自己犠牲の社会を。誰かが困っていれば助ける。ボランティア活動や電車の席を譲り合う世界。一見素敵な世界に見えそうだが、そんなに他人に気を遣っていたら疲れてしまいそうだった。

「あとは、年金制度の見直しですかね。」

「年金ね。あってないようなもんだしな。」

「僕ら世代なんて貰えないです。払い損ですね。」

「年金なんかに頼らず、自分たちでお金を貯めた方がいい気がするんですよね。」

「自己責任で老後のお金貯めるは賛成かも。」

「でもそうすると、結構な人が老後苦しみそう。」

「そこは、自己責任でいいんじゃないかな。適応できた老人だけが生き残る。これによって、今の増えすぎた老人を減らすことが出来ることにつながる。」

「なかなか過激な思想になってきましたね。」

「むしろ今の我々がおとなしすぎたのかもしれない。」

「えっ。どういうことですか。」

僕らの議論はどんどん加速していき、何処に終着するのかわからなくなってきた。不確定だった未来に対する不安がどんどん明確になっていくにつれて、僕らは吊り橋を渡るかのような危険凪異論を進めようとしているのかもしれない。若者の秘めたる過激性が露になっていく。僕らは日本酒を3合追加で注文し、さらに議論を深めることにした。






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