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【#9】周囲の反応が変わってく。スナックバイトで磨きはじめた”美”

 萌花は、3合炊いた玄米ご飯を、小分けにしてラップに包んでいた。計りをつかって、白米なら200キロカロリーほどの大きさを、手のひらでまぁるく型作った。先日、ドラッグストアで、ロウカット玄米というものを発見したのだ。白ご飯に比べて、糖質が約32%、摂取カロリーが約30%抑えられる、と書いている。少しダイエットしたいと思っていた萌花にとって、嬉しい情報だった。

ロウカット玄米

 おひとり様晩酌好きな萌花にとって、ダイエットは成功はしないが、諦めたら終わるという無限のループに陥っている悩みの一つ。お酒の誘惑に負けながらも、酔いがさめれば、出来る限りの努力をする女となる。時々飲みすぎ、「やらかした・・」と後悔する朝もあるが。 ”白米を玄米に切り替えるだけでもカロリーオフになって、栄養もバランスがとりやすくなるなんて、なんていいこと尽くめ!”大学生の頃、カロリーメイトとブラックコーヒーを3食という、無理なダイエットをしたこともあったが、とても危険なダイエットだったと反省している。食べれば、確実に体重は戻ったし、社会人として仕事をしながらでは空腹に耐えながらダイエットすることに集中するのは難しい。色々と試した結果、やはり、食と運動のバランスがダイエットには近道だとシンプルな法則に立ち戻った。朝は、できる限り、ストレッチやピラティスをして、体の代謝を上げる努力をしていた。

運動嫌いだけど。

 食事の他に、今度はお肌のことにも気を遣いはじめた。目の下に肝斑というシミが浮き出てきたことに気づき、最近皮膚科に通い、飲み薬でシミを撃退していた。肝斑は、アラサー世代にあることで、紫外線や、化粧筆など、外からの刺激によって、シミが出る人と出ない人がいるそうだ。肝斑は薬での治療で消えることを知り、肌の調子を相談し、漢方薬と治療薬を飲んでいる。いいことは、肝斑が消えたこと以外に、なんだかお肌が全体的に白くなった気がすると感じていた。
 肌のお手入れにも力が入る。毛穴の汚れが気になり、最近スチーマーをネット購入してみた。お肌にあててみると、水分を吸収したお肌はしっとりもっちり、弾力の違いに大満足だ。

ネットショッピング。購入したスチーマー5000円くらい。


 ”化粧水、化粧水と。今度、美容液ちょっといいやつ買おうかな”
夜の女の子に教えてもらった化粧品。

教えてくれた夜の女の子情報:ニュースキン商品

夜の女の子は、さすが情報が豊富だ。萌花は、この化粧品との出会いは、そこそこ当りではないかと感じられた。人のネットワークで販売されるニュースキン。昔で言うネットワークビジネス的なもののようだが、店舗もあり、そこでは商品を手に取ってみることができる。ただ会員でないと購入できない。顧客になるには、紹介者の名前を申告するという紹介制であり、紹介者には利益があり、また顧客になれば割引価格で商品を購入できるというメリットがある。紹介者は、顧客になってもらうために、しつこい勧誘さえしなければ、クリーンなビジネスになる。商品を販売している個人事業主のエステティシャンや美容師、整体師などもいるようだ。
 萌花は、鏡に映った自分の顔の、毛穴を見つめつつ、お肌の調子を確認した。界面活性剤がほぼつかわれていないという品質のいい安心な製品。
 ”私にはあっているようだ”
肌の調子をみ、「ふふん」と自然とあがる。

艶のある肌を目指して

 ”夜の女性は、華やかだ”
華奢すぎる女性や、太りすぎている女性、他に、もしかしたら中には体は元男性の人なのかもしれないと、思わせる彫刻のような鼻筋の通った美しい女性など様々見かける。その体型や、目指している”美しさ”の差は、様々で極端といえるが、共通しているのは、”自分にお金をかけている”とわかることだった。そしてギラギラと華やかで、裏の顔が必ずあるだろうと思わせる。会社にいる、グレーのジャケットとアイロンがけがされていない白ブラウスを着て、すっぴんに近い顔に眼鏡をかけ、傷んだ髪で出勤しているような、ただ地味なOLタイプとは真逆に位置する人間たち。裏の顔など、人間皆あるに違いないのだが、同じグレーのスーツを着た薄化粧の女性だとしても、髪を巻き一つに束ね、睫毛をマスカラで立ち上げ、優しい色のリップとグロスを塗り、口角を上げ微笑む女性の印象はまるで違う。美しく、華やかで、お金がかかっていると外見でわかりやすい人間の方が、なぜか悪女を感じさせ、そこが魅惑的に映るのだ。
 ”そして、夜の女性たちは、ケチだ”
さぞかしファッション、ブランドバック、ジュエリー、美に、ただただお金を豪快に使っているイメージがありがちだが、萌花が夜の世界に少し足を踏み入れ気が付いたことは、苦労している女性も多く、生活のため、子供の将来のために貯金を目標にしたり、工夫して生活している女性もいることを知った。

苦労と言えば、若くして子どもを産み、男と別れ、シングルマザーとして働いている女性は、鋼の根性を感じさせた。子供のためというわけではなく、夢のための貯金をしている女性でさえ、お客様から頂いた差し入れの容器を捨てず、洗って使いまわしたり、コンビニやスーパーでもらえる割りばしやビニール袋をしっかりともらって帰り、お店で活用したり、居酒屋のトイレにある綿棒やマウスウォッシュを少し拝借して家で使っていたり、化粧品の試供品ももちろん最後までしっかりと使っていたり。お金をどこに使い、何を節約するかを計算している女性も多くいる。

 「日本ってタダでもらえるものが多いよね~。とりすぎはダメだけどね。市役所いってごらんよ。ポケットティッシュ置いてあるんだから。」

スナックの女子更衣室で着替えていると、こんな会話が聞こえてきた。そのとき萌花は思った。日本は贅沢な国なのかもしれないと。 

 頑張る姿は、必ず誰かがみてくれているものだと、聞いたことがある。萌花が自分のためにただ生きていると、周囲の空気は変わっていくようだった。春の嵐のような強烈な風とは違い、それはまるで、晴れた日の心地よい風が吹くように。萌花の同期の石川が、ぼんやりと萌花に視線を向けていた。その視線に気が付いた萌花が、「何?何かあった?」と石川に目で合図した。二人は以前より、仕事仲間として息が合っていた。石川は、いや、と、右手を軽く振って、視線を外す。
 ランチタイム。休憩室で、携帯を見ながら玄米おにぎりを頬張っている萌花の前に、石川が椅子をひいて座った。
「榊、お疲れ。」
「あ、お疲れ様。びっくりした。なんか問題でもあった?さっき・・」
「いや、何にもないよ。なんかさ。」
「ん?」
「榊が最近さ、男子の中で、ちょっと噂になっててさ。」
「えー。なーにー。なんの噂よ。まだ前のこと?」
呆れたといように、宙を仰いだ。噂というと、そろそろ結婚かなと期待した矢先、萌花が、堤に二股をかけられ振られたときのこと。職場恋愛だっただけに、同期の間でも所属部署の周囲でも、破局は知られた。それは堤が、急に萌花ではない女性と結婚したという衝撃が走ったからだ。萌花のプライドはひび割れ、粉々に砕けた。そのころ、女性として自信がそこまでなかったが、堤という彼氏という存在が、萌花にとっての細やかなプライドだった。別れ、その支えを失った。周囲の目に映る萌花の様子は痛々しい程で、噂は社内に一気に広がった。「もう、どこか、、、隠れてしまいたい」と、心の中で何度もつぶやきながら、会社にただ、出勤するのが精いっぱいだった。あれから時は流れ、少し強くなった自分がいる。
 石川は、口に運んだコーヒーをゴクンと飲んで、コーヒーカップを持ちつつ右手人差し指立て、ノン、ノンと仕草を送る。細長くキレイな人差し指が、男らしい手の大きさを思わせる。
「いやいや、そうじゃなくて・・」そして上目遣いで、笑って言った。
「最近、榊がキレイになったってさ。結構みんな言ってるぜ。モテ期じゃね?」と、石川はテーブルに左頬杖をつき、萌花に微笑み、じっと見つめてきた。左手の人差し指が石川の左頬を支える。その細長い指が、とても色っぽく見える。そんな石川をじっと見つめ返し、萌花は笑った。
「はは、そうなんだ。嬉しい、ありがと。また変な噂かと思っちゃった」
萌花は、悪戯っぽく笑い、素直に喜んだ。そして同時に、石川はほんと優しくて、人たらしだと思った。
 石川は、思いやりのある男だった。堤と萌花の恋愛が終わったとき、堤の立場にも、萌花の立場にも立って考えを巡らせた。堤と連絡を取り、同じ部署の萌花の様子を伝え、「俺、こっちで励ますわ」と自分の立ち位置を伝えた。萌花の様子を見て放置ができず、強がることさえできない萌花を気にかけずにはいられなかった。自殺でもしかねないと心配するほどに。愚痴を聞いてやろうと声をかけ、同期と少人数で飲みに行ったこともある。仕事が振られ、集中でいない様子のときは、そっとその仕事を手伝った。そんな萌花が少しずつ立ち直り、今は輝き始めている。石川は、心から安堵した。
 
 石川が立ち去って、萌花は食後のコーヒーを飲みながらぼんやりとしていた。女がほしいと思う、男がほしいと思う。単純に、その気持ちは同じことだ。彼氏と別れたと言えば、そこを狙う別の男性もいる。心が弱っている時に優しくされれば、もたれかかりたいときもある。萌花は、失恋、傷心、切望、欲望、愛欲、男女にある恋愛を冷静に振り返っていた。社内での出会いがなければ、恋愛を探しに別世界へ冒険する人もいる。スナックもその冒険先のひとつで、そこでみた男の姿は、好ましいものではない。昼の職場は健全で、夜の世界は危険という決めつけは今や、間違っていた。社内恋愛を考えると、胸が重くなるのを感じた。
「恋愛って・・・難しい」
心に浮かんでくる結論は、ただいつも難解なだけ。
男も女も、裏の顔が、どれだけ悪なのかは問題だ。女性として、萌花は、少し悪くなったと言える。

ランチタイムを終え、デスクに戻ると榊がニヤニヤして視線を送ってきた。「何か言いたそうね」と、榊に持っていたチョコレート菓子を一つ渡した。
「サンキュ。な、榊、もう、前のことはいいんだろ?」
「当然。別れてよかったって、今は思ってる。だからって、好きな人とか、すぐできないし。今は、自由を楽しんでる感じかな」
「ふーん。なんか、余裕ができたよな、最近。榊が元気になってよかったよ。」
「そうだよね、心配かけたよね。」
「いいんだよ。前に進めたらさ。今その感じ、いいんじゃん。俺もいいと思うよ。なんかあったら、言えよ」
「うん、ありがとう」
何気ない同期の会話が心地いい。学生時代から付き合っている彼女がいる石川。愛を育んでいるといったところ。萌花は、石川が彼氏だったら、傷つかなかっただろうかと、パソコンの前に座った。

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