見出し画像

頂くということ

「野菜食べるか?」



そう言っておばあたちから
たくさんのおやさいを頂きました。

離島は物価が高い上に
新鮮なものはなかなか手に入らない。

だから島の おじい おばあ は
自分達で野菜を育てて生活しています。


他の人の畑から どろぼう することもあります。

後から 野菜もらったよ とか
お互いに どろぼう し合ったりして
うまいことやってます。

たまに大事に育てたスイカをどろぼうされて
ぷんすか しているおばあもいます。

“助け合い” “お互い様”
そんな気持ちで生きてるのが素敵。





おばあたちがたくさん野菜を
持ってきてくれるからすごい量。

今回は特に ほうれん草 大根 が大量です。

ついこの前はゴーヤ、チンゲン菜 が大量でした。






みんなちゃんと時期をみて種を撒くから
同じ時期に同じ物が大量に出来る。

なんていうか、当たり前の事だけど
ちゃんと生きてるなあって思う。

ちゃんとした季節の流に沿って
土や太陽、(手入れしてるのは人だけど)
自然から頂いた 恵み を享受してるなあって。

スーパーにも季節はあるけれど、
スタメン的な野菜はいつもそこにある。
いつだって手に入る。

どっちがいいとか悪いとかって話ではないけれど、
流れに沿って生活するのも素敵だと思う。
私みたいな怠け者は畑仕事なんて到底出来ないんだけど。




「ネギ植えたけど全然だめだったさあ」


自分のとこがうまくいかなかった人は
他の人にもらいに行く。

私みたいに畑を持ってない人に
お裾分けしてくれる人もいる。


野菜を洗う時、おばあの顔が浮かぶ。

すごい上等なほうれん草、
おばあすごいなあ。

そんなことを考えながら土を落とす。


食べるとちゃんとほうれん草の味がして
またおばあすごいなって思う。

ほうれん草食べてるんだから
当たり前でしょって言われるけど。


おばあが一生懸命手間ひまかけて育てた野菜だから
大事にしっかり美味しく食べたいなって思うの。

でも、
スーパーで売られてる野菜だって
見えないだけで育てた人がいる


農業のお手伝いをさせてもらって
強く感じるようになったこと。

水煮の筍にしたって
しいたけにしたって
作ってる人がいる。

しかもね、みんな自分が作ったものに
誇りや愛情を持ってるんだって知った。

だから出来るだけ、無駄なく美味しく食べたい。


人知れずそんな気持ちを持って
昨年は山小屋の厨房に立たせてもらったり。

ヘリでの荷揚げは何度も出来ないから
一度に大量に野菜が届く。

いかに長期間保管できるようにするか。
戦いでした。


私がいる島は山ほどではないけれど
週に3回の船積があるだけ。

海が荒れればずっと来ない。

だから肉は全部冷凍だし、野菜は一度に少しずつ。
売れなかったら廃棄だからね。
廃棄するのも大変だし。






そして、今は畑に葉物が溢れてるから
小松菜が売れなくなりました。
島の畑事情と売れ筋は直結しているらしいです。


そうそう。
私今南の島の共働売店で働かせてもらってるんです。
売店の中から見る島事情も面白いです。

前回の せっけんおくやつ とか
アンメルツヨコヨコ爆売れ とか。






売店で働いてる時も、畑で働いてる時も
いつもありがとお っておばあが野菜をくれるんです。

私としては働かなきゃ
私がこの島にいる価値はないし
働かせてもらってるっていう気持ちなんだけど。

むしろ島の人たちに ありがとう です。

だからこれからも いてくれてよかった
って思ってもらえるような働きが出来るように
がんばっていきます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?