【長編小説】二人、江戸を翔ける! 3話目:あの人のことが知りたくて②
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
■本文
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その帰り道、藤兵衛は『貸本屋』に立ち寄る。貸本屋とは、江戸時代に存在したレンタル本屋のことである。
当時は今と違って本は高価だったため、庶民は貸本屋を利用するのが一般的であった。
藤兵衛はよく貸本屋に寄るのだが、物色するのは専ら『春画本』、今で言うエッチな本であった。男として興味があるのは勿論であるが、それ以上に画力の高さや色彩豊かな刷りの技術、想像力豊かな物語などが気に入っていた。
出来ればいつか自分で春画本を書いてみたいと、傘張りの切れ端で絵の練習をしたりする。
前回の依頼時に使った符号、
『春と言えば?』
『やっぱり真似ゑもん』
というのも、とある人気絵師の春画本『風流艶色真似ゑもんシリーズ』が大のお気に入りで、そこから取っていた。
実は後で凛から符号の意味についてあれこれ聞かれたが、適当に誤魔化したのは言うまでもない。
さて、物色していると一冊の本を気に入る。題名は『ゑ・論語』。
お堅い本の『論語』をパロディにしたもので、内容もまずまずで絵がとても綺麗だった。
懐を探ると、先程の報酬を全部使えば買えることに気付く。買おうか迷っていると、
「あれ? 藤兵衛さん?」
と、凛の声が聞こえてきた。
瞬間、藤兵衛は持っていた春画本を棚に戻すと、隣の棚から真面目な本を取り出す。この間、一秒もない早業であった。
「なにしてるんですか?」
そんな事など知らない凛が覗き込む。
「わ、すごい。漢字がびっしり。こんなの読むんですね」
「ふ・・・。人は幾つになっても学ばねばならんのだよ」
藤兵衛はうそぶくが、凛の尊敬の目線が痛い。
「そういえば、凛はなんでここに?」
「ちょっとお梅さんのお使いで出かけてるんですよ。じゃあ、行かなきゃなので、また」
すぐに凛はどこかへと歩いていった。
後ろ姿を見送った藤兵衛は、毒気を抜かれた気分になる。
(今日はやめておくか)
結局、何も買わずに貸本屋を後にしたのだった。
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次の日、凛はいつものように藤兵衛が住んでいる裏長屋・土左衛門店を訪れていた。
今日は『いろは』は休みであったため、傘張りの管理監督として朝からそのまま居座っている。
「さてと、こんなもんかな。ちょっと休憩しましょうか」
管理監督といってもただ煽るだけでなく、凛も傘張りの手伝いをする。
初めは見ているだけだったのだが、ただ見ているのも暇なため、いつのまにか手伝うようになっていた。
お茶を淹れ、買ってきた和菓子をつまんで二人は一息つく。
「あ、そうだ凛。これ、お梅婆さんから預かってきた」
ここで藤兵衛は裏稼業の代金を思い出し、半分を差し出す。
「え!? いいよいいよ、こんな大金。私が勝手に手伝ってるだけだし」
とても貰えないと、凛は固辞する。
「いや、取っておいてくれ。お梅婆さんに怒られるから・・・ じゃなくて、こういうのはきちっとしておかないと、長くは続かないから」
(長くは続かないから・・・ それって、暫くは続けてもいいってことかな?)
そんなふうに都合よく解釈した凛は、ちょっと嬉しくなる。
「わかりました。じゃあ、これは二人のご飯代にまわしますね」
押し頂くように頂戴する仕草をすると、
「そんな大袈裟な」
と、藤兵衛に笑われるのだった。
知らぬ間に良い雰囲気になったので、凛はこれはチャンスと思った。
「あの~、ちょっと、いい?」
「ん?」
「そういえば藤兵衛さんのこと、あまり知らないなと思って・・・」
「・・・答えられる範囲なら答えるけど?」
「え、ホント!?」
さっそく凛は、何を聞こうかと考え出す。
生まれや年齢、家族構成など、聞きたい事は色々あった。何を聞こうかとあれこれ考えた挙句、口から出てきたのは・・・
「その・・・ 覆ってる髪の下ってどうなってるの?」
直球ど真ん中の内容になってしまった。だが、藤兵衛はさして隠そうとしなかった。
「こんな感じ」
下ろしている髪を手で押しのけると、それを見た凛は一瞬息を飲んでしまう。というのも、藤兵衛の右目はガラス玉のような物体だったのだ。それは白く曇っていて内部には淡い光があり、見ようによっては宝石のようにも見える。
だが、それ以上に驚いたのは、目の端から髪の生え際まで続く大きな古傷の痕。まるで、本来あった目の玉をえぐりだし、代わりにそのガラス玉を埋め込んだように思えた。
「え・・・ だ、だれがこんな事を・・・」
想像以上の事実に、言葉がうまく出てこない。
「さあ? 物心ついた時からこうなってたな。ついでに言えば、光るのもこいつ。なんでも『月光石』って言うらしい」
「げ、月光石? ・・・何ですか、それ?」
「・・・わからん」
肩透かしをくらった凛は、ガクッと崩れる。
「多分、凛が知りたいと思ってる事は、俺もわからない。何故こうなってるのか? 光るのは何故か? ・・・誰か知っている人がいれば、俺に教えて欲しいくらいだ」
話しているうちに、藤兵衛は自分で笑い出す。
それを見てほっとすると同時に隠すことなく教えてくれたことが嬉しくなり、凛も釣られて笑うのであった。
つづく
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