【読書感想文】 出版業界の光と闇を描いたミステリー 『騙し絵の牙』
私が『水曜どうでしょう』と出逢ったのは、まったくの偶然でした。
たまたま点いていたテレビをふと観ると鍬を持った3人組が映っていて、"なんでこの人たちは罵り合いながら楽しそうに畑を耕しているのだろう?"と不思議に思い、気がついたら食い入るように観入っていたことを覚えています。
そうして引き寄せられるように毎週番組を視聴しているうちに、類い稀なるバイタリティーと唯一無二のタレント性を遺憾なく発揮し、ある種の奇跡を呼び起こしている大泉氏のファンになり、『水曜どうでしょう』のファンになったのです。
しかしながら、「おい、パイ食わねぇか」とか「おまえのパイ生地菊練りしてやろうか」などと言ったり言われたりして、あっという間に荒んでいくのを観て笑っていた私に今の私が、「大泉さんはあと20年くらいしたら、紅白で司会して、大河ドラマで源頼朝になってるよ」と教えても、当時の私は信じないような気がします。
出版業界の光と闇を描いた社会派ミステリー
本日は、『騙し絵の牙』(塩田武士 著)をご紹介します。
この作品は、出版業界の光と闇を巧みに描いた社会派ミステリー。
主人公は大泉洋氏を「あてがき」したことでも話題になり、その大泉氏の主演で2021年に満を持して映画化されました。
しかし、映画は原作をいったんバラバラに解体して再構築された物語になっているので、また一味違う『騙し絵の牙』になっています。
ちなみに、大泉氏は撮影時「あてがき」されているにも関わらず、「今の大泉さんぽいから」という理不尽な理由で何度も演技がNGになったと公開前後のインタビューでぼやいていらっしゃいました。
人生を動かしているのは愛情ではなく情念
そんな小説版『騙し絵の牙』は、大手出版社で廃刊の危機に直面する雑誌の編集長が、出版業界の厳しい現状や社内抗争に立ち向かう物語…かと思った私は、まんまと騙されました。
何回も言っておりますが、主人公は大泉氏を「あてがき」しているので、どうしても最初からずっと大泉氏をイメージせざるを得ないわけです。
その主人公の光と影や人間性がはっきり見えた瞬間に愕然とし、"この人の人生を動かしているのは小説への愛情じゃなく、情念なのだ"と、なんとも複雑な気持ちになりました。
故に、
「表の顔があまりにも鮮やかな場合、それ一色であってほしいと願うのは自然なこと」
という台詞が説得力を持って心に響きます。
誰しも好きな人の裏の顔なんて、想像すらしていないものです。
読了後、"騙し絵の牙"が露わになった主人公の行く末をもっと知りたくなりました。
P.S.
出版業界の厳しい現実も垣間見てしまい、胸がザワザワしました。
この世は無常なので仕方がないですけれども、個人的には、紙の本は無くならないでほしいと願っています。