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詩と詩と思しきものの観察及び観測

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詩と詩と思しきものを観察または観測したものです。
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記事一覧

雪像[詩]

雪像[詩]

 ものをつくると壊せなくなってしまうことがある。わたしたちはそれを繰り返して川のそばに街をつくった。だから街はそのうちに故人への灰色の感情で溢れかえってしまう。住人たちは漠然とそのことを知っていて、いつか来るその静かな時代を恐れている。やがて春がその巨大な足で崩しに来てくれるだろうから、雪像をつくることにした。神さまがどういうつもりなのかは知らない。つくることは祈りの双胎だったらしい。わたしたちは

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ざわめき[詩]

ざわめき[詩]

 朝
 すこし頭痛がして
 昨日のうち明け話を後悔した

 中庭は
 色彩が
 揺れて

 わたしは
 傘をしまうために外へ出た

 立て掛けておいた傘がなくなって
 水溜りだけ残っていた
 春はありふれた悲しみに酷似している

 傘泥棒のための
 軽やかな呪文

 部屋の
 片隅は
 ひかり

 窓辺は

 人の庭で
 色彩が揺れる

十一月二十六日(金)[詩]

十一月二十六日(金)[詩]

 彗星の彼が怪人だったにしても
 小惑星のあいつらは名誉毀損で
 これが恋ならヒトは孤独過ぎる
 バスは右側で全然いいよと言う
 金木犀の彼女は夜景を見なくて
 やはり私は子どもであるようだ
 いい加減軌道に乗ろうとぼやくと
 ブラウン運動のあなたも好きだよと
 言って笑う彼女はやはり天体なのだった

たしか劇を観た帰りにバスの中で書いてた気がします。

【詩】温かな泥と祖霊崇拝について

【詩】温かな泥と祖霊崇拝について

 異国語で形容されていく風景たちが、窓辺で色合いを失い青みを強めていく過程で、泥濘がわたしたちを溶かしてゆく。温めたマグカップに入れた砂糖菓子。いつだったかの祭事で、同じように溶けていった先代たちの眼球を身体の下に発見し、わたしたちはそれらにそっと触れる。まったく知らない語族の語群はただの記号でしかなく、泥の中で偏と旁の結合がほどかれ、助詞たちはするすると文脈から逃げだすのだと聞いたことがある。泥

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濃淡の話[詩]

濃淡の話[詩]

帽子は目深に被りなさい。影/法師/のリンパ液が透明なまま地面をつたっている。スニーカーの踵のあたりまで。じり、と足を動かして、おまえ、逃げようとしているのか(しかし何から、?)奥まったところ、薄暗いところ、に蟠る液晶と天気予報——しかし最近の夏の黒さよ。

豆と森[詩]

豆と森[詩]

 

定型文を砕いてやると、
 椿の青い葉が茂っている
(そこに鳩の目がいくつか見えるでしょう)
(明るい偶数の目が)
 そういえば昨夜の雨はすっかりやんで、
 花は落ちない
 硬い葉は洗われたように光って、
 森は明るい
 カラスが不器用に跳んで
 羽はやはり光っている
 やさしい数式を紐解くと
 第二部がはじまってしまう(いいの?)(いいよ)
 豆の芽の伸びる曲線を
 音楽にあてはめよう

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昼下がりの駅のホームに、私は私の小さな犬を見た。今にも語ろうとする犬。おまえの犬は犬ではないと言われたけれど、私の犬は紛れもなく犬で、私は私の言語を持たない。犬を抱えたままバスに揺られた。私たちはみんな犬を抱えていて、マスク姿で街を歩く。犬を撫でるやさしさで、これでよいと思う。

不眠 [詩]

不眠 [詩]

 花を生ける
 夜
 下から5cm茎を切った
 ひりつくばかりの言葉が浸透しなかったから
 焦燥しかり
 魚と俎しかり
(浸透圧でじりじりしているのだった)
 昼は声も出ないので
 コーヒーの暗い湖面を見ていた
 
 夜
 くだらないと言われた絵の陶磁の肌が
 瞼の裏に灼き付いて離れないのだから仕方なかった

カップヌードル・チリトマトの陽気な湯気を眺めながら、わたしはわたしとあなたを規定するすべてを投げ捨ててみたいと思った。そうすればわたしはあなたと湯気を揺らすこともない透明で限りなく不毛な踊りを踊ることができるのに。

幽霊

幽霊

夕方の駅前の路地の幽霊、しかし我々を形づくるのはつねに半透膜であるから、坂道の商店の曇ガラスに透けながら映り込んでしまう。皮膚表面の微小な穴を透過せよ、領主がひとり静かに晩年を送ったあの城でおまえがそうしたように。冬の街に鮮やかなものはおまえの虹彩だけとなる。