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揺るぎなきアカウント【2ー1】

「~このQゲームでお会いしましょう!さよーならー!」

出来ることなら見たくなかった。

轟の出ている番組は1秒たりとも見たくない。轟の出る番組は全てチェックしている。見るためではなく、見ないために・・・。
毎年轟が司会をしている、今日のQゲームだって見るつもりはなかった。
たまたま楽屋にあるテレビをつけたら、ちょうどQゲームのエンディングだった。
まだ番組が終わってないことも知っていた。
そろそろ終わる頃だとテレビを付けてみただけ。
あと5分待てば終わっていただろう。
轟の生意気な顔も、うわべだけの声も聞かずに済んだ。
たしか裏番組で『年末大説教スペシャル』とかやってたはずだから、テレビを付けた時にチャンネルがQゲームのほうじゃなければ良かった。

・・・くそっ・・・

赤西幸男(あかにしゆきお)は『あるある大晦日』という生番組に出ていた。
50組もの芸人が集まって、5時間にわたり様々なネタやコントを披露する。そこそこ売れてる芸人から、テレビに出るのが初の芸人まで。
赤西も『ドリンクバー』というコンビで、相方の木ノ下と出演していた。5時間の長番組といっても、赤西達ドリンクバーにカメラが向いたのは合計3分もない。
数年前は本格漫才コンビとして、ある程度注目もされていた。
芸歴3年目にして、毎年クリスマスに行われる『スーパー漫才』の決勝戦に残ったこともある。
そこでの成績が奮わず、その後もとくに秀でたネタも作れず、今では雛壇の一員として出演するか、あとは小さなライブハウスで定期的に漫才をするくらいの仕事しかない。もちろんレギュラー番組は1本もなく、CMの仕事なんてある訳ない。
木ノ下は年末の生番組に出られるだけでも有り難いと言うが、赤西は納得いってなかった。その木ノ下の意欲の無さ、野心の無さを腹立たしく思っていた。

本来なら、このQゲームの司会だって・・・

赤西はマネージャーから、収録後に一人で楽屋に行くように言われていた。理由は聞かなかったが、木ノ下のほうは帰って良いと言われ変な感じがした。
最近はドリンクバーとしてではなく、木ノ下抜きでピンの仕事も少なからず入っているので、その類いの打ち合わせか何かと想像した。

この楽屋に入った時も「おはようございます。失礼致します」と言ってから入った。
万が一、先輩芸人なんかがいたら面倒なので、どんな場所でも扉を開けたら挨拶しないといけない。実力主義な芸能界であっても、ほんの挨拶一つで消されてしまうこともある。なので、誰がいるか分からない状態で、先に挨拶する癖が身に付いている。僅かな挨拶のタイミングがずれただけで、レギュラー番組を下ろされた同期もいる。
楽屋といっても個室ではなく、三面鏡やシャワー室、広辞苑より分厚い座布団が用意してある訳ではない。10畳ほどの広さの物置き部屋に、パイプ椅子が無造作に散らばっていて、そこに芸人達が10組ずつ押し込められる。約20名ほどの芸人が楽屋として使うのだから、座ってなどいられない。
部屋の隅には、なにかの番組で使ったガラクタが、片付ける気がさらさらないように置いてある。
そんな楽屋に何故かテレビだけはあった。自分達が出演している番組をリアルタイムで、チェック出来るようにという計らいだろうか。他の芸人がどういうリアクションをしているかを見るというより、番組の流れを把握するためには必然だ。
テレビ局内のざわつきが楽屋にまで響いてくる。年末生番組も終わって、次は年をまたぐ生番組が始まっている。それが終わると年明けの番組と、局の従業員は休む間もない。

あと数分で年が明ける。

赤西がテレビを消そうとリモコンを握った時、入り口のドアをノックする音が聞こえた。

コンコン
「誰かいるか~」
赤西は瞬時に声の主が誰か分かり、急いでテレビを消した。
「おお、これはこれは、同期の赤西君じゃないか」

この世で一番会いたくない、轟だ。


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