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NY発 学級通信 3.ニューヨークの地下鉄はよみがえるか・アートへの期待

  今年1月、ニューヨークの地下鉄で衝撃的な事件が起きました。
ニューヨーク一番の繁華街、タイムズ・スクエア駅の地下鉄のホームからアジア系の女性が男に突き落とされ、死亡したのです。ニューヨークでは、新型コロナ・ウィルスの感染拡大で、地下鉄に乗る人が大幅に減少していました。財政難や感染者の増加で地下鉄の職員は不足し、名物だった24時間運転の休止を含め、運行本数を大幅に減らしていました。一方、仕事が無くなって行き場を失った人たちが、地下鉄で生活をするようになり、治安が悪化していたのです。

 しかしコロナ前の地下鉄は、実に楽しかった。久々にニューヨークに戻って来た私としては、皆さんにコロナ前後の状況をお伝えし、これをコワイと思うだけでなく、これまでの活気は戻らないのか。それにはアートの力が役に立つのではないか、というお話をしたい、と思っています。

コロナ前、ニューヨークの地下鉄は楽しかった

 まず、コロナ前のニューヨークの地下鉄をご紹介します。

地下鉄タイムズ・スクエア駅名物のバンド演奏

 これは、先の事件があったタイムズ・スクエア駅構内の、コロナ前の写真です。みんな、楽しそうでしょう?乗り換えの通路などで、こうしたバンドが入れ替り立ち替り演奏していて、地下鉄の乗降客から熱い声援を浴びていました。乗客も楽しいし、演奏する側も、客の反応を見ながら演奏するコツを覚え、チップももらえます。ここで演奏するバンドや演奏者は、ちゃんとオーディションまでやっているので、けっこう腕も確かです。ジャンルは、ジャズやロックだけではありません。中国の胡弓の演奏や、アフリカのリズム楽器をたたいている人もいるし(中には無許可も!)、クラシックの演奏もあります。
 
 次もコロナ前、ヴァイオリン二人で、ビバルディやバッハの演奏をしていた時の写真です。あれ?低音も聴こえる!?

室内楽の音量でも、けっこう響く

そうです。反対側のホームには、ちゃんとビオラとチェロがいます。

地下鉄構内はヨーロッパの教会の響き(電車が来なければ)

地下鉄の中は音が響くし、何と言っても、このステレオ感がいいんです。列車が到着すると、音がかき消されてしまいますが、これがまた面白い!

 楽しみは音楽だけではありません。地下鉄でマンハッタンからイーストリバーを越え、地上に出ると、こんな光景にも出会います。おぉ、ブルックリンに来たなぁ、と実感できたものです。

ブルックリンには、こうしたアートが多い

コロナ後のニューヨークは・・

ところが現在、新聞には犯罪の記事が後を絶たず、駅のベンチは、駅で生活する人たちの生活用品が溢れています。ご存じのように70~80年代のニューヨークは特に治安が悪く、街に不慣れな観光客は、とても地下鉄に乗れない時代が続いていました。

地元紙ニューヨーク・ポスト(今年1月)と、メトロポリタン美術館所蔵のウィリアム

 エジプト文明からの歴史を知っているメトロポリタン美術館所蔵のカバのウイリアムも、世界で最も恐ろしい時代の一つが、その頃のニューヨークであり、下手をすると、またその時代に逆戻りするのではないか、と心配しています(ウイリアムは、世界を俯瞰して見ることができ、筆者が頼りにしている「天の声」です。我々は、このビミョーなウイリアムの表情を見て、世の中の真実を知ることができます)。

ニューヨークの今

 ニューヨークではオミクロン株の感染者数が大幅に縮小し、ようやく地下鉄に乗る人の数が戻ってきました。そこで、この1月にニューヨーク市長に就任したアダムス市長は、2月になって地下鉄内で生活をしている人を保護し(ニューヨークの冬は寒いだけに、駅やトンネルに350人も住んでいたそうです!)、一部のホームには、転落防止用のフェンスとドアの取り付けの検討を始めました(果たして、時刻表通りに列車を運転したことのないニューヨークの運転士が、ちゃんと定位置で止まれるか、腕の見せどころではありますが)。アダムス市長は、当初、ニューヨークの地下鉄は安全だと言い張っていましたが、ニューヨーク警察の出身だけに、さすがにニューヨークの復活には、地下鉄の治安対策が必要なことを痛感したようです。

 先に述べた地下鉄駅構内でのコンサートも、コロナで約1年間、休止を余儀なくされた後、去年6月から再開しています。しかし今のところ、以前に比べると観客が冷ややかで、盛り上がりに欠けるようです。

今のタイムズ・スクエア駅(最初の写真と、ほぼ同じ場所)

たまたま私が通っている時だけかもしれませんが、つい先日に撮った、この写真でも、せっかくノリノリのソニー・ロリンズを吹いても、みんな先を急いで、立ち止まる人はあまりいませんでした。人々に心の余裕が無いんですね、きっと。

 大都市では、投資が拡大し、経済指標が力強くなる事は重要です。すでにニューヨークでも、高額のコンサートやミュージカル、スポーツ・イベントが再開されています。もちろんコンサートや美術館のアートも心を癒してくれます。しかし多くの庶民が、通勤や通学、買い物の途中に、フト、こんな楽しみを自由に味わえる場こそが、本当の都会なのだと思います。

アートは不要不急か

 この問いは、コロナ禍の中、多くのアーティストの皆さんが、悩み続けたことだと思います。しかし今こそ、早急に必要なのが、街のアートなのではないでしょうか。他人との付き合いが少なくなってしまう都会であればあるほど、役割は大きいと思います。行政の力で犯罪を防ぐと共に、こんなアートの力を結集し、みんなの心が和み、本来の地下鉄が戻ってこそ、ニューヨークの真の復活と言えます。アーティストの皆さんには申し訳ありませんが、失いかけて初めて、その重要性に気づいた人も多いと思います。自宅学習を余儀なくされていた子供たちも、学校に行って、音楽、美術、体育といった、みんなで体験する授業の楽しさを改めて痛感しているのではないでしょうか。

コロナ前のタイムズ・スクエア駅構内

 演奏を復活したバンドのメンバーも、自分たち自身で楽しみつつ、悩める人たちに「ヘイ、みんな。何を悩んでいるんだ。オレたちの演奏を聞いて、自分が何をしたいのか、ゆっくり考えてみてくれよ」と、無言の声をかけているように見えます。

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